日本人の食生活における野菜の重要性
日本女子大学家政学部食物学科
教授 丸山 千寿子
【要約】
日本人では特に若い世代で野菜の摂取が少なく、特に加熱調理して食べる緑黄色野菜や葉物野菜、海藻などの摂取量が減っていることが危ぶまれます。野菜は低エネルギーで、食物繊維やビタミン、ミネラルを多く含むので、がんや虚血性心疾患、脳血管疾患などの動脈硬化性疾患の危険因子となる病気の予防や治療に欠くことのできない食品です。これらを上手に食べるためには、主食、主菜、副菜をそろえて食べる日本食の食べ方が勧められます。
今、和食を世界遺産にするための働きかけがされているのを知っていますか?日本人がこれまでにはぐくんできた食事や料理は、世界が注目する健康的なものであるばかりでなく、日本料理が文化的あるいは芸術的に高いレベルであることを再認識して後世に伝えようとするものです。しかしこのような状況は、裏を返せば日本食の存続が危ういことを示しています。
日本では終戦直後の食糧不足の時期を過ぎると、欧米の食文化が一般庶民にも紹介され、体格の向上を図るために、動物性食品である肉類や乳類の摂取と油脂類の摂取を増やすことが薦められてきました。その結果、米の消費が減り、パンや麺などの小麦製品の消費量が増えるとともに、魚介類や豆類、海藻などの植物性食品の摂取が相対的に減少しました(図1)。変化に対して柔軟な我々日本人は、このような食生活を昭和40年代から定着させたため、いわゆる日本型の食生活は昭和50年代頃から崩壊し始めています。日本人が米とともに多く摂取してきた野菜類も消費量が減っています。
日本では終戦直後から国民の栄養素などの摂取状況を把握して、食糧の輸入や供給計画を立てるための基礎資料を得ることを目的として、国民健康・栄養調査(旧国民栄養調査)が行われてきました。この調査結果をもとに栄養素の摂取量の推移を観察すると、総エネルギー摂取量はほとんど変化していないにも関わらず、総脂質摂取量と動物性脂質摂取量が著しく増加しています。そのため、総エネルギー摂取量に対する脂質由来のエネルギー比率が急増しました。平成22年の調査では成人の4人に1人は脂質エネルギー比が30%を超えてとりすぎの状態にあり、まさに欧米化した食事となっています。また、乳製品の摂取量が顕著に増加したにもかかわらず、カルシウム摂取量は変化せず、さらに鉄摂取量が減少してきたことから推察すると、日本人が近年摂取する野菜の種類や質が変化してきたことが伺われます。つまり、緑黄色野菜や葉物野菜、海藻などの摂取量が減っていることを示しているものと思われます(図2)。このような栄養素や食品摂取状況の変化は、日本人がもはや健康的な日本食を食べていないことを現しているといえましょう。
図1 国民一人当たり食糧消費量(食糧需給表による)
図2 栄養素等摂取量の推移(国民健康・栄養調査より)
このような食生活の変化は、私たちの健康状態に大きく影響を及ぼしています。例として、世界的に有名な信頼のおける調査とされている、福岡県久山町の研究結果を紹介します(図3)。1961年(昭和36年)から1988年(昭和63年)までに、久山町における生活習慣病にかかっている人の割合がどのように変化したかを観察したものです。高血圧は減ったものの、肥満、高コレステロール血症、耐糖能異常(糖尿病)が著しく増加したことがわかります。さらに、平成22年国民健康・栄養調査の結果では、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は、男性では40歳代、50歳代、60歳代がそれぞれ8.0%、15.6%、22.1%、女性では3.6%、5.6%、13.5%を占めており、男女とも各年代で10年前と比べて増加していることが報告されています。もはや日本は糖尿病大国になっているのです。
現在、日本人の死亡原因の上位は、がん、虚血性心疾患、脳血管疾患ですが、これらの病気は、肥満、高血圧、糖尿病(耐糖能異常含む)、脂質異常症、高尿酸血症、慢性腎臓病などの生活習慣病が原因となり発症します。がん、虚血性心疾患、脳血管疾患にならないようにするためには、これらの生活習慣病にならないように予防すること、早期に発見して治療することが大切です。肥満、高血圧、糖尿病(耐糖能異常含む)、脂質異常症、高尿酸血症などは、エネルギーや動物性脂肪の過剰摂取と運動不足、そして野菜類や雑穀類、海藻などから摂取する食物繊維とビタミンやミネラルが不足することが原因となることが分かっています。
生活習慣病を予防し、治療効果を得るためには、肥満を改善して適正体重を維持することが最も重要です。ストレスなく体重を減らすコツは、野菜料理を朝、昼、夕の3度の食事ごとに十分食べることです。その理由は、1)繊維の多い野菜を良くかんで食べることで、食事にたっぷり時間をかけ、食後の満腹感を得やすい、2)油を使わない野菜料理はエネルギーが少ない、3)野菜に含まれる栄養素を摂取することによって、体におきている異常を改善できる、からです。
野菜類に含まれる栄養素等の成分の特徴は、ほとんどが水分を90%以上含むので低エネルギーであること、ビタミンCと食物繊維を多く含むものが多いことです。さらに葉物の野菜は、葉酸やビタミンC、ビタミンE、カロテン類などのビタミンや、カリウムやカルシウムなどのミネラルを多く含んでいます。
食物繊維は、食事中の糖や脂質が吸収されるのを遅らせ、糞便中に排泄するのを促進するので、糖尿病や脂質異常症の予防や治療のためには十分に摂取する必要があります。また、糞便量を増して便秘を改善するのに役立ちますから、大腸がんの予防にも有効です。
ビタミンC、ビタミンE、カロテン類は体内の酸化を防ぐ働きが強いので、老化物質の生成を抑えるために十分な摂取が求められます。
葉酸は、欧米では動脈硬化の危険因子の一つと考えられている高ホモシステイン血症を予防し、改善するためになくてはならないビタミンです。また、妊娠の初期の段階でこれが不足すると胎児に奇形が起こる恐れがありますが、現在日本の妊婦の葉酸不足(野菜を食べない)は深刻な問題となっています。これまで高ホモシステイン血症は日本人の場合は野菜をたくさん食べるので、危険因子にはならないと長い間考えられてきました。しかし、最近の若い世代では野菜の摂取量が減っているために、男女ともに問題が生じています。
さらにカリウムやカルシウムは、血圧を下げる働きがあると考えられていますので、食塩を多く食べる習慣のある人はより多く摂取することが期待されます。
つまり、野菜類は体の機能を保ち、種々の生活習慣病を予防し、治療するために役立つ各種ビタミンやミネラルなど微量栄養素の供給源として欠くべからざる食品です。
野菜摂取の動脈硬化予防効果は、欧米では地中海料理などが注目されていますが、日本では広島県と長崎県で昭和55年から18年間かけて追跡した研究で証明されています。それによると、緑黄色野菜をほとんど食べない人々に比べて、毎日食べる人々では、男女ともに脳梗塞による死亡率が約3割、総脳卒中による死亡率が約2割低かったことが示されました。
「健康日本21」では、生活習慣病を予防するために野菜類を1日350グラム摂取することを目標としており、そのうち、緑黄色野菜を150グラム、その他の野菜は200グラムを目安として勧めています。しかし、いずれの世代もこの目標を達成できていません。特に、平成22年国民健康・栄養調査成績で見ると(図4)、対象となったすべての人の緑黄色野菜摂取量の平均値は93グラム、その他の野菜の摂取量平均値は188グラムで合計しても約280グラムに過ぎません。年齢による差も明らかで、高齢者はやや摂取量が多いのですが、20歳代~40歳代の生活習慣病を発症し始める世代で特に少なく、合計摂取量でみても約250グラム以下であって、目標とされている量の7割程度しか食べていません。ちなみに、この数値は平均値ですから、現実には野菜を殆ど食べていない人が多くいることになります。
図4 日本人の1日あたり野菜摂取量(平成22年国民健康・栄養調査より)
また、野菜を1日に一皿(一皿70グラム相当と仮定)も食べない人が約6%もおり、一皿程度の人と合わせると5人に1人は1日にたった一皿しか野菜料理を食べていないという、恐ろしい結果が出ています。女性はこれまでは一般的に野菜を好むと思われていましたが、もはやそのようなことは一概にはいえない事態に陥っているのが日本の現状です。
生活習慣病の患者さんに栄養教育を行う際に、しばしば困惑するのは、本人も、家族も野菜料理はサラダしか作れない、野菜料理の作り方が分からない、あるいは面倒だから作りたくない、という人が多いことです。特に先に述べたような食物繊維やビタミンやミネラルを多く含む野菜は、生では食べにくく、加熱調理の手間をかけなければなりません。苦肉の策として、野菜ジュースでも飲まないよりは飲んだ方がよいと勧めますが、ジュースでは食物繊維は摂取できませんし、ジュースに向いた野菜しか食べられません。
日本では古くから一汁三菜をそろえて食べる文化が伝えられています。食器もそれに合わせて、ご飯茶碗に主食(炭水化物)、焼き物皿に主菜(タンパク質)、小鉢に野菜料理の副菜(ビタミン、ミネラル、食物繊維)を盛り合わせれば、栄養素をバランスよく食べることができます。野菜を野菜料理をとして摂取することの価値を若い世代が早くに学び、生きる力をつけて、次の世代の子供たちの健康を守りたいものです。