施設栽培の省エネルギー対策
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
近畿中国四国農業研究センター 川嶋 浩樹
【要約】
施設栽培における省エネルギー技術としてヒートポンプの導入が急速に進んでいる。ヒートポンプの導入コストは高いが、既存の石油式暖房機と最大暖房負荷の半分程度の能力のヒートポンプとを組み合わせるハイブリッド方式とすることで、導入コストを抑えながら省エネルギー化が可能となる。ハイブリッド方式は、運転コストの安いヒートポンプの運転を優先し、暖房負荷が大きくなり管理温度を維持できなくなるとヒートポンプの運転を継続しながら石油式暖房機を補助的に運転する方式である。
温室やハウスの中で栽培する方法を施設栽培という。野菜・果樹・花などの園芸作物が主な対象で、屋外(露地)では野菜の生育が不適となる低温期にも生育適温を確保して生産を行うものである。わが国の施設園芸面積は約5万ヘクタール、その約40パーセントは暖房装置を備えており、さらにその90パーセント以上が石油暖房に依存している。石油価格は2005年頃から高騰を続け、現在は落ち着いているものの、農業経営における生産コストを押し上げる要因になっており、脱石油化・省エネルギー化を加速させることが課題である。
施設園芸における暖房の省エネルギー技術は、1970年代のオイルショックを契機に緊急課題として取り組まれた。現在でも利用されている実用技術もあるが、その後は石油価格の安値安定が続いたことから省エネ技術への関心が薄れ消え去った技術もある。平成19年までは、ウォーターカーテンが持続的に面積を広げてきたほかは、減少する技術が多く見られた(表1)。補助事業などで省エネルギー化に向けた取り組みが強化され、平成21年には多くの省エネルギー技術の利用が増えた。中でもヒートポンプの設置面積は平成19年比で10倍以上に増加した。そこで、本項ではヒートポンプの利用を中心に施設園芸における省エネ技術について述べる。
表1 加温設備の種類別設置実面積の推移
ヒートポンプは、低温の物体(空気や水など)から熱をくみ上げて高温の熱源を生み出す装置である(図1)。ヒートポンプは、圧縮機、凝縮機、蒸発機、膨張弁からなり、冷媒を循環させながら、冷媒の気体→液体→気体という状態変化に伴う熱エネルギー移動を利用している。冷媒は、蒸発機内で周囲の熱を吸収しながら蒸発して低圧の気体となり圧縮機へ送られる。圧縮機で圧縮され高圧になった気体は、凝縮機で周囲に熱を放出しながら高圧の液体となる。この時の熱を暖房に利用している。さらに膨張弁で減圧され気化することにより蒸発機で低温になるというサイクルを繰り返す。冷媒の流れを逆向きに切り替えると冷房に利用できる。家庭用のエアコンもこの原理で動作している。
ヒートポンプの効率(省エネ性能)は、成績係数(COP)と呼ばれる指標が用いられる。COPは投入したエネルギーに対する凝縮機での放熱量(暖房時)で定義される。この数字が大きいほど効率が高く、経済的メリットも大きくなる。同じ電気を使う電気ヒーターではCOP=1であるが、ヒートポンプでは3~6の熱エネルギーを暖房に利用できる。家庭用エアコンではCOPの向上が著しいが、施設園芸用では家庭用、エアコンと比べて低いのが現状である。
図1 ヒートポンプサイクルの模式図
また、COPは運転条件によって変動し、凝結機側と蒸発機側の温度差が大きくなる場合、すなわち暖房時の設定温度が同じであっても、熱源温度が低くなるほどCOPや暖房能力は低下することになる。すなわち、空気熱源式ヒートポンプでは、外気温が低下するほどCOPが低下する。さらに、外気温が低下し、蒸発機(室外機)へ霜が付着する条件になると、霜を融かすための除霜運転(デフロスト運転)、つまり暖房運転が一時的に停止し冷房運転が行われるため平均COPがかなり低下することになる。低温でも利用できる機種もあるが、一般的には外気温が高い温暖地で使用した方が暖房能力・COPが高く有利である。
ヒートポンプの圧縮機を駆動させるエネルギー(駆動方式)として、電気(モータ)が大部分を占めているが、ガス(エンジン)、石油(ディーゼルエンジン)もある。また熱源により空気熱源式と水熱源式とに大別され熱の供給方式との組み合わせ(熱源―熱供給)により、空気―空気式、空気―水式、水―水式、水―空気式に分けられる(図2)。家庭用エアコンは空気―空気式がほとんどである。空気熱源式は周囲の空気を熱源とするため、どこでも利用できる方式である。空気を熱源とする空気-空気方式は水配管が不要なため設備費が最も安価である。一方、空気-水方式は、外気から奪った熱で、熱媒体となる水を温水に変えて利用する方法である。蓄熱槽を設置することで熱の利用効率を高めることができる。「エコキュート」で知られる家庭用給湯器は、冷媒に二酸化炭素を使用した空気-水方式ヒートポンプである。
水熱源式は、水を熱源として用いる方式で、地下水、河川水や下水処理場などの温熱排水を熱源として利用できる。地下水の温度は一般に15度程度で年間を通じて変化が少ないため熱源として優れる。この方式は、外気温度にあまり左右されないことから、空気熱源式と比べて高いCOPが得られ暖房能力も安定する。水-水方式ではCOPが5~6ともいわれ、非常に効率が高い。しかし、立地条件が限定されること、水質によるトラブル、水量の確保、汲み上げ規制などに注意する必要がある。蓄熱槽を設置できる空気-水、水-水方式の場合、昼間に集熱した太陽熱の蓄熱利用、地中熱の利用など、自然エネルギーと組み合わせた省エネルギーシステムの構築も可能であり今後の利用拡大が期待される。
図2 ヒートポンプ暖房システムの方式と構成例
園芸施設の暖房用として近年導入されたヒートポンプは、ハイブリッド方式がほとんどである。ここでいうハイブリッド方式とは、従来備えている石油式暖房機とヒートポンプとを併用する方法である。最低外気温時でも作物の生育に必要な温度を保持するために必要な暖房熱量を暖房負荷といい、期間中の最低温度に対して必要な暖房負荷を最大暖房負荷という。ヒートポンプは従来の石油式暖房機と比べて運転コストは安くても発熱量当たりの導入コストはおよそ3~5倍となっている。最大暖房負荷をヒートポンプだけで賄おうとすると導入コストが問題となる。そこで、ヒートポンプを最大暖房負荷の半分程度の能力として、不足分を従来の石油式暖房機で賄うハイブリッド方式とすることにより、導入コストを抑えながら運転コストの低減効果をある程度享受できる。最大暖房負荷の出現頻度はそれほどないため、暖房期間全体の7~8割程度をヒートポンプでカバーできる(図3)。また、ヒートポンプのデフロスト運転による暖房停止が起きても石油式暖房機によって補完できる利点がある。
図3 最大暖房負荷に対するヒートポンプと石油暖房機の運転イメージ
ハイブリッド方式では、運転コストの安いヒートポンプを優先して運転することが基本となる(図4)。外気温が低下して暖房が必要になると、まず、ヒートポンプを運転して室温を維持する。外気温が低下して室温維持が困難になると、ヒートポンプの運転を継続したまま石油式暖房機を運転して室温を維持する。このとき石油式暖房機は設定温度を中心に上下の幅が等しい温度帯(温度ディファレンシャル)の間で運転・停止を繰り返すが、ヒートポンプは頻繁に運転・停止を繰り返すとトラブルのもとになるため、ヒートポンプの運転を持続させる制御が必要となる。それぞれの装置の温度ディファレンシャルなどの特性の違いを考慮して両者を一体的に制御する方法やコントローラーが開発されたことでハイブリッド方式が普及した。
ハイブリッド方式におけるヒートポンプの導入の目安としては、床面積1,000平方メートルの温室で10ps(暖房出力28キロワット)クラスのヒートポンプの導入台数は1~3台が適当な範囲とされている(図5)。ヒートポンプの導入台数を増やしても運転コストの削減額は台数に比例しない。計算条件により変動するが、設定温度16度、耐用年数(初期投資の回収期間)を8年として燃料価格との関係を試算したところ、東海地方の平坦地(名古屋)の場合には約63円/リットルであった。この条件で燃料価格が130円/リットルとすると約半分の4年程度で回収可能となる(図6)。試験規模での試算なので実用規模であればさらに短いであろう。
図4 ハイブリッド方式における動作イメージ
図5 ハイブリット方式におけるコスト試算例
図6 燃料価格とヒートポンプ導入コストの回収年収との関係
一般に、暖房設定温度が高いあるいは寒冷地のように暖房負荷が大きい条件、すなわちヒートポンプの稼働時間が長くなるほど、また燃料価格が高いほど回収期間は短縮される。一方、温暖地では運転効率がよく運転コストの削減率は大きくなる(表2)。また管理温度が高いほど経済的メリットは大きくなる。導入条件についてはメーカーや販売店に試算してもらうと良い。また電気式ヒートポンプの場合は、電力会社の料金体系なども確認を要する。夜間の電力量料金の安い深夜電力や季節別時間帯別料金などのメニューが用意されている場合もあり、利用形態に合った有利なものを選択するとよい。ヒートポンプは、一台の機器で暖房のほか、冷房、除湿ができるため、設備の利用効率や収量・品質向上の観点からも投資効果を考慮する必要がある。
現在、施設園芸用にヒートポンプを販売しているメーカーは数社あるが、価格を抑えるため、店舗・業務用の汎用機をそのまま使用している例もある。防水・防湿・耐農薬処理、送風ファンの増強、送風ダクトへの対応、温度設定範囲など栽培環境に合わせた仕様とするなど、施設園芸専用機も開発されている。
表2 加温設備の種類別設置実面積の推移
施設園芸における省エネ技術は、①保温性を向上する技術、②暖房システムに関する省エネ技術、③温度管理に関する省エネ技術、の3つに分類される。実際にはこれら技術が組み合わされて利用される。
保温性の向上は、被覆資材を用いての多重・多層被覆、出入り口や保温カーテンの隙間をふさぐなど気密性の向上、高保温性(断熱性)資材の利用により暖房負荷を抑制する技術である。ヒートポンプをはじめとする省エネ暖房装置を導入する前に実施しておくべき簡単かつ安価で実施できる基本的な省エネ対策である。2枚の固定被覆資材の間に送風して空気層を作る空気膜2重構造は被覆も省エネ技術として普及が進んでいる。中国や韓国で普及している布団状の被覆資材は、断熱性が大きく暖房燃料使用量の削減効果が大きいもののわが国では利用されておらず今後の利用拡大が望まれる資材である。
省エネ的な温度管理に分類されている局所加温の普及も進んでいる。この技術は、施設全体を暖めるのではなく、作物が温度を必要とする部位(株元、生長点や根圏など)に対して局部的に温度管理をして暖房燃料使用量を削減しようとする技術である。いちご栽培では株元にあるクラウン(生長点)付近を電熱線や温水で加温することにより暖房経費を削減する技術であり普及技術として取り組まれている。まだ、研究段階ではあるが、トマト栽培でもポリダクトを用いて生長点・開花花房付近に温風があたるように暖房することで26パーセントの省エネ効果が認められている(図7)。
図7 トマトにおける局所加温のイメージ
資料提供:(独)農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所 河崎研究員
引用文献
1)馬場勝(2006):ヒートポンプやコー(トリ)ジェネレーション利用技術、フレッシュフードシステム、2006年秋号、p42-46.
2)馬場勝(2009):ハイブリッド方式、施設園芸におけるヒートポンプの有効利用、p66-76、(社)農業電化協会、東京.
3)川嶋浩樹・高市益行・馬場勝・安井清澄・中野有加(2008):空気熱源式ヒートポンプを利用したハイブリッド暖房方式による投入エネルギーおよびCO2排出量の削減効果、野菜茶業研究所報告、7、p27-36.