[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

情報コーナー (野菜情報 2011年12月号)


野菜摂取による健康維持と
その支援のあり方について

千葉県立保健医療大学健康科学部栄養学科
林 芙美


要約】

 健康増進・生活習慣病予防のために野菜は1日に350グラム以上食べることが望ましいといわれているが、日本人の現状はおよそ300グラムと大きく下回っている。なぜ野菜が不足するのか。どうしたらもっと野菜を食べるのか。野菜が摂りにくい状況でも野菜をたくさん食べるためにはどのような支援が可能か、行動科学の視点から検証し、具体的な取り組み事例を紹介する。

1. 日本人の野菜摂取の現状

 平成20年国民健康・栄養調査によると、20歳以上男女の野菜摂取量は295.3グラムであり、「健康日本21」の目標値である350グラムに達していない。世代間で比較すると、若年層での摂取量が特に少ないことが分かる(図1)。「健康のために1日350グラム以上の野菜を食べよう」との呼びかけが2001年にスタートし、学校や地域、職域などの場で、行政や民間団体、食品企業などがさまざまな食育活動を展開し、野菜を使ったメニューの提案などの食環境整備も行われている。しかし、目標量を達成している者の割合は約3割と取り組み開始後もその割合はほぼ横ばいであり(図2-1)、また「140グラム未満」と平均的な摂取量のおよそ半分程度しか摂取出来ていない者も約2割と、ここ数年目立った改善は認められていない(図2-2)。

2. 野菜摂取の重要性

 野菜には、ビタミン・ミネラル・食物繊維のほか、ポリフェノールやカロテノイドなどの健康増進効果が期待される機能性成分が含まれる。日本人を対象とした研究では、野菜の摂取が多い者は、ほかの食品も多く摂取しており、微量栄養素の摂取量も多いとの報告がある1)。また、野菜の種類によってやや異なるが、その多くは水分で構成されていることから、食事に野菜を多く取り入れることで、食事全体のエネルギーを抑える効果も期待される。エネルギー密度と肥満の関係を調べた研究によると、野菜や果物のようにエネルギー密度が低い食品を多く摂っていたグループでは、食品の摂取重量は多いにもかかわらず、エネルギー摂取量は少なく、また肥満者も少なかったと報告されている2)。
 また、過去に発表された科学論文に基づき2003年に世界保健機関(WHO)がまとめた報告書「食物、栄養と慢性疾患の予防」では、野菜・果物は口腔がん、食道がん、胃がん、結腸がん、直腸がんのリスクを下げる可能性が高いと発表した。さらに、2007年に世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)がまとめた同様の報告書でも、野菜・果物全体だけでなく、非でんぷん野菜、アリウム野菜、にんにくなどいくつかの野菜に特定のがんに対するリスクを下げる可能性が高いことが考察されている。一方、日本人を対象とした研究では、食道がんと胃がんに対して野菜摂取によるリスク低下の可能性が示唆されているが、それ以外の部位のがんについての科学的根拠は不足している。
 国立がんセンターでは、このような国際的な情報と日本人での現状を考慮し、「日本人のためのがん予防法」を発表している。がんは日本人の死因第1位であり、全死因のおよそ3割を占めている。その予防法として、食事の面では、「食事は偏らずバランスよくとる」と示している。確実にがんを予防できる単一食品や栄養素は現在のところ分かっておらず、また特定の食品・栄養素を過剰摂取することのリスクを回避するためにも、偏りのない食生活が重要であることを説いている。また、野菜については、「野菜・果物を1日400グラム(例えば野菜を小鉢で5皿、果物1皿くらい)はとりましょう」とし、野菜・果物が不足しないよう毎日とることを推奨している。「健康日本21」では、野菜のみで1日350グラム(5皿)以上の摂取を推奨しているので、果物を合わせて少なくとも400グラムとなっている。さらに、「塩蔵食品、食塩の摂取は最小限にする」とし、食塩は1日当たり男性9グラム、女性7.5グラム未満を目標としていることから、脳卒中や心疾患などの生活習慣病全体を考えても、薄味で新鮮な野菜を毎日摂取することが望ましい。

3. 何が障害となっているのか

 では、摂取量が改善しない背景にはどのような理由があるのだろうか。例えば、食の外部化や朝食欠食などが野菜摂取不足の要因になっているとの指摘がある。平成20年国民健康・栄養調査によると、男性の事務従事者の2人に1人は昼食を外食しており、弁当や惣菜などの調理済み食を摂っていた者を合わせると6割となる。また、朝食の欠食率は20-30代男性でおよそ3割、40代で26パーセント、女性では20-30代でおよそ2割強である。平成19年国民健康・栄養調査によると、朝食喫食者では野菜を350グラム以上食べていた者の割合が32.5パーセントなのに対して、欠食者では16.3パーセントとおよそ半分と少なかった。20-30代の欠食者ではさらに低く、およそ9割の者で野菜の摂取量が目標を下回っていた。外食でも同様の傾向が認められている。
 では、個人レベルではどうだろうか。望ましい食行動に影響を与えるとされる個人の食に対する態度や知識についても、野菜・果物摂取との関係がいくつも報告されている。例えば、オーストリアで19-64歳の成人を対象に2006年に行われた全国調査3)では、およそ2700名から野菜・果物を食べる理由と食べない理由の回答を得た。その結果、77パーセントが「おいしさ」を食べる理由として挙げ、「健康のため」の49パーセントを上回っていた。他方で、食べない理由としては、「時々忘れる」50パーセント、「食べる気がしない」が34パーセント認められたが、「十分食べている」と回答した者も31パーセントいた。一方で、「値段が高い」を理由に挙げていたのは7.5パーセントと少なかった。日本とオーストリアでは状況が異なるため、一概にこの結果を当てはめることはできないが、図3に示した通り日本人でもおよそ7割が野菜を含む副菜の摂取目安を適切に回答出来ていない(平成17年国民健康・栄養調査)。さらに、15歳以上の男女の半数以上が、副菜(野菜)を十分に食べることが「すでにできている」と回答している(図4)。我が国で、野菜の摂取不足が指摘される中、望ましい摂取量に関する知識と、実際の摂取量を適正に判断する能力の形成を狙った取り組みが今後も課題と考える。

 野菜・果物摂取に対するセルフエフィカシー(自己効力感)が高い人では、野菜・果物摂取量が多いことが報告されている。また、摂取増加を目的とした介入でも、セルフエフィカシーの向上が野菜・果物摂取量の増加に関係していることが報告されている。そこで、野菜摂取を増やすには、摂取が困難な場面など(外食で野菜が食べられないとわかっているなど)でも「自分なら出来る」という個人のセルフエフィカシーを高めることが、野菜の摂取向上を狙った取り組みの中で重要な要素であると考える。

4. 野菜摂取のセルフエフィカシー

 では、どのようにセルフエフィカシーは高まるのだろうか。セルフエフィカシーとは、社会的認知理論の構成概念の一つであるが、ある行動が望ましい結果をもたらすと思い、その行動をうまくやることができるという自信があるときに、人はその行動をとる可能性が高まるという考えである。その「自分はうまくやれることができるという自信」の部分をセルフエフィカシーと言う。過去の成功体験や人がうまくやるのを見て自分もやれそうだと思うこと、他者から「あなたならできる」と言われること、またその行動をすることで生理的状態や感情面で変化が起こると、セルフエフィカシーは高まり易くなるといわれている。例えば、脂っぽい食事から野菜中心の食事に変えると、初めは物足りなく感じる事があるかもしれないが、「誰でも最初はそういうこともある」と前向きにとらえることで、野菜を食べる事に対するセルフエフィカシーが低くなるのを防ぐ事ができる。また、忙しい時は「自分には無理だ」と考えず、サラダを買ってくる。野菜ジュースを飲むなど手軽にできることを取り入れ、時間に余裕が出来たら自分で料理をしてみるなどの気持ちを切り替える事も大切である。
 小さな成功体験を積み重ねることで「自分ならうまくやれる」という自信が生まれ、望ましい食習慣が形成されやすくなる。日本人を対象とした野菜摂取のセルフエフィカシーに関する研究4)では、家に野菜や野菜料理がないとき、自分で用意するのが面倒なときなどの「手間」や周りの人が野菜を食べないとき、外食のときなどの「環境」、そして疲れているときなどの「疲労」が野菜摂取を困難にし、対策が必要な場面として挙げられ、セルフエフィカシーとの関係が示唆されている。人々のライフスタイルはさまざまであることから、対策が必要な場面も多岐に渡ると推察されるが、個人を取り巻く状況を適切に把握し、その状況に応じて「できることから」始め、セルフエフィカシーを高めることが出来れば、野菜摂取の改善につながると考える。

5. 「できない」から「できる」へ、普及活動の新たな展開

 野菜摂取向上を狙った取り組みにおいて、健康維持や生活習慣病予防の観点から野菜摂取の重要性や効果を説くだけでは十分ではない。もちろんそれらも野菜を摂取することについて、特に健康に関心が低い人々に対して食生活の中での価値付けを高めるためには重要と考えられるが、野菜が大切だとわかっていて「改善したい」との意識がある4割(図4)の人々に対する具体的な働きかけも重要である。そこで、野菜摂取が困難な場面でも習慣的に野菜が摂取できるように、現在行われている食環境整備のより一層の推進と合わせて、「できない」から「できる」へ、個人のセルフエフィカシーを高める工夫が大切である。

表1にセルフエフィカシーに影響する要因と、それらの要因をうまく活用して野菜摂取を促すための対策例を示した。あくまでも一例であるので、これら4つの要因をもとに、一人ひとりに応じた働きかけ方をぜひ検討していただきたい。ただし、セルフエフィカシーが高いことが望ましくない場合もある。「いつでもその気になれば自分はできる」といった根拠のない自信は、行動変容を妨げ、結果的に健康を害する恐れもある。適切な野菜摂取の先にある、健康や豊かな生活等に対する“価値”も併せて高めていくことが重要である。では、具体的にはどんな取り組みが可能だろうか。
 例えば、特定非営利活動法人青果物健康推進協会が推進する「ベジフルセブン」では、小学生や成人に対する食育体験学習を実施しているが、学校での出前授業の後に、家庭での取り組みとして苦手な野菜を使って料理を作ってみるといった課題を出したり、企業でのセミナー終了後に簡単な試験を実施している。いずれの場合も取り組んだ者には「認定カード」を配布し、「やった感」「できた感」を高めている。また、認定する基準には高い目標ばかりを設定せずに、まずはやってみることを促している。苦手な野菜が多い子どもの場合、殆ど好き嫌いがない子どもに比べて、毎日5つ分以上の野菜を食べる事を含む全ての条件を満たすことが難しい。しかし、産地を調べる、習った事を家族や友人に伝えるなど、比較的実践しやすい目標も加えることで、野菜が苦手な子どもでも初めから「私には無理だ」と諦めずに、「まずはやってみよう」とセルフエフィカシーが低くなるのを抑える工夫をしている。また、地域の飲食店と連携し、認定カードを持参することで特典が得られるような工夫も一部地域で実践されているが、この取り組みがさらに野菜摂取を習慣化させることへの「正の強化」となっている。特典という物質的な強化のほか、周囲からの称賛もまた強化となる。まだこれらは事例的な取り組みではあるが、取り組みのネットワークを学校や職場から家庭、地域へと広げる体制づくりは、継続的な支援という観点で重要である。外食時でも野菜料理が選びやすい、表示を見ればどのくらい食べたらよいかが一目でわかるなどの食環境整備のより一層の拡充と合わせて一人ひとりが「自分ならできる」という気持ちを育む食育活動が今後さらに推進されることを期待する。

参考資料

1)Wakita Asano A, et al. Association between vegetable intake and dietary quality in Japanese adults: A secondary analysis from the National Health and Nutrition Survey, 2003. J Nutr Sci Vitaminol 2008; 54: 384-391.

2)Ledikwe JH, et al. Dietary energy density is associated with energy intake and weight status in US adults. Am J Clin Nutr. 2006; 83: 1362-1368.

3)Schätzer M, et al. Fruit and vegetable intake in Austrian adults: intake frequency, serving sizes, reasons for and barriers to consumption, and potential for increasing consumption. Public Health Nutrition 2009; 13: 480-487.

4)山本久美子,他. 成人を対象とした「野菜摂取のセルフエフィカシー」尺度の作成. 栄養学雑誌 2011; 69: 20-28.


元のページへ戻る


このページのトップへ