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農産物の「見える化」を実感させるトレーサビリティシステムの構築と
サービスの提供

有限会社 松本農園 
取締役 松本 武


要約】

 有限会社松本農園では、ウェブを使ったトレーサビリティを確立することで『「畑が見える」松本農園の野菜。』を自社ブランド商品として販売している。「畑が見える」というのは、消費者が商品に表示している10桁の識別番号をインターネット上の情報提供ウェブサイトに入力することで農薬、肥料の使用状況、さらに農産物を収穫した畑の位置まで航空写真で見ることができるシステムで農産物の見える化を実現した。これによって生産者、消費者の双方向のコミュニケーションを可能にした。

1. トレーサビリティとは

 国内において、食品や農産物におけるトレーサビリティの必要性について問われだしたのはBSE(牛海綿状脳症)例の発生からである。これはBSEの発症原因とされる肉骨粉の使用の有無を確認できる状態を構築することがきっかけと言える。他産業などでは、ごく当たり前に原材料や部品などの仕入、使用状況を確認できる状態にしているものの、食品や農産物においては、国内に限らず世界的にも後手に回ってしまった感は否めない。
 トレーサビリティの本質的な意味は、trace(追跡)+ability(可能性)の合成語であり、その目的や追跡性による利益を誰が受けるのかによって形が異なってくる。現在、法的に義務付けられている牛トレーサビリティ法においては、消費者への安全な食肉の提供を担保し、有事の際にその遡及性を確保することを目的としている。

2. 安全、安心、こだわりとは

①安全とは・・・、安心とは・・・
 食の安全とは、生産のプロセスにおいてリスクの存在を認識し、運用上そのリスクをコントロール可能な状態に維持することにより得られるものである。生産に携わる人間の数、作業の習熟度、行程数、収穫までに至る時間の長さなどによってリスクは増大し、それによって安全の可能性は低くなる。それをコントロール可能な状態にすることにより、リスクの低減可能な状態が維持できれば安全は確保されたものとなっていくと私は考える。
 ただし、そこには100パーセントの安全は存在せず、100パーセントに近づけるという数学上の確率論的な世界の話なのである。例えば農薬の正しい取り扱い方法を理解していない状態で農薬の使用回数をいくら減らしても、安全性が高いと評価するのは乱暴な議論であり、国際的にはそれが評価されるものとはならないことを認識すべきである。
 これに対し、安心とはその安全がコントロール可能な状態にある場合に醸成される情緒的な心理状態を表すもので、数学的確率論で計ることのできない心情である。つまり、安全の提供者は生産者やサプライヤーであり、安心の評価者は購入者にイニシアチブがあるということである。

②こだわり農産物とは・・・
 農産物の販売施策として、「こだわり農産物」という言葉が使われる。この「こだわり」という言葉は、いわゆる付加価値商品に使われることが一般的である。私は、「こだわり」と安全分野の取り組みとは異なるものだと思う。なぜならば、一般に流通する農産物は基本的には安全であり、消費者が口にするものに危険性が包含されている前提で、「安全性」と「こだわり」を≒とするのは曲解である。
 トレーサビリティ(情報遡求可能性)の高い商品は、冷静に考えれば至極当然の話であり、こだわりのカテゴリーには馴染まない。

3. 自らの事業安全性を確保するためのトレーサビリティ

 私たちが事業におけるトレーサビリティの確保を目指したのは、自らの「事業の見える化」を図ることから始まる。多くの農業者は、付加価値を高め、量的に展開できるオフェンス的な攻めの事業戦略を採る。私たちも当初はそのような戦略をベースにしていたが、さまざまな情報の集積、確認、提供という場面が増え、情報管理業務だけで1人分の仕事となってしまった。これ自体は対外的なサービス業務に過ぎず、この集めた情報の利活用方法をもっと自らの事業に生かす、もしくは情報を自らの利活用のプライム(主要目的)とし、対外的な提供はセカンド(副次的目的)とすることの必要性を感じた。つまり、自らの事業の見える状態を確保することは、何らかの事故発生時の対応と原因遡及を即時的に行うことで、事業の安全性を図るというディフェンシブ(守勢)な事業戦略を採ることとした。これにより、「もしもの時」という有事に対して他社よりも原状回復を早くすることが可能となり、またその対応力が取引先との信頼関係をより強固にすることができるという「目には見えない信用力」という商品価値を引き出すことにつながった。

4. 自社ブランド商品『「畑が見える」松本農園の野菜。』

①自社商品のブランド化戦略
 有限会社松本農園は、取扱商品(農業生産物)のほとんどを自社で生産している。生産規模も野菜の生産規模としては欧米クラスと同等またはそれ以上で、生産から商品化(パッケージング)までを一貫体制で行っている。この事業特性を生かすとともに、ブランド化戦略として打ち出したのが『「畑が見える」松本農園の野菜。』である。自社の生産物に自社の名称を冠することで自らのアイデンティティーと取り組みの姿勢を示し、社会的に認知されるものを目指した。
 また、これまで取り組んできた外部認証規格である「生産情報公表農産物(JAS規格):国内規格」と「グローバルGAP:国際規格」に準拠することができる商品としては、現状無二のものである。

②商品に持たせた技術の一端
 私たちが、この商品で求めた技術的要件として挙げたものは以下のようなものがある。
・ラベルやPOPで表示できない量の情報はウェブ上で公開する。
・世界でも例のない「収穫された畑の位置までトレース」を可能にする。
・情報管理専従者を置かず、日常の記録情報がそのまま反映される情報システム化
・販売事業者による情報公開コストの低減
・消費者が混乱しない内容での情報提供
・国際的ニーズにも対応でき、評価されるトレーサビリティ
 トレーサビリティ化商品を世に出したとき、それを常に確認する消費者はほとんどいない。しかし、食品偽装や残留農薬事故などの消費者が不安に感じるときがあることを前提に、常にアクセス可能にするということが重要と考えた。そこには、自社の商品が国内外に展開されていることを前提にした場合も想定し、インターネットでの情報公開が最も効果的と感じたのである。また、情報提供のデバイスとしてPCのみではなく、モバイル端末での公開という情報公開の経路を2系統設けた点においても消費者からのアクセスのリピート率を高める効果を発揮している。

③誰のために、何のために
 私たちの商品は消費者に対し、より効率的に、最大限にできることをトレーサビリティシステムに機能性として持たせているが、これはあくまで商品におけるサービスの一貫に過ぎない。当初「そのサービスのために多くのイニシャルコストとランニングコストを必要とする無駄な行為」とやゆされたが、先に述べたように、私たちは自らの事業の見える化を第一義としていることから、情報提供のサービスに係るコストはごくわずかなものとなっている。つまり、集積した情報を活用するのは自らの生産内容を確認し、効率化を図り、コストダウンにつなげるという私たちの利益をプライムとしており、消費者への情報提供はそれら集積された情報の2次利用的「サービス」に過ぎないのである。「もしもの時」に確認をすることができる、この事が私たちのトレーサビリティ化商品に期待する機能である。

④消費者の反応
 実際の消費者の反応は、この1年はやはり認知度も上がりつつあるため、販売数量においても大きな落ち込みも無く、ゆっくりとした推移であるが確実に上昇している。販売事業者にも、おおむね評価の高いお客様の声が寄せられており、社会的評価を高める効果があるということで継続的な取引を実現できている。生産情報公開のサイトのアクセス率は少ないものの、平均で3アクセス/日、サイトビューのリピート率も60パーセントということで、この手のサイトとしては比較的良い成績であると感じている。

5. Response(応答/反応)とResponsibility(責任)

 生産者と消費者との関係において、「顔の見える関係」という事が言われる。顔の見える関係においては、双方向のコミュニケーション可能な状態が求められると私たちは考える。そこには、消費者からのresponse(応答、反応)があり、そのresponseに対して生産者としてのresponsibility(責任)が存在する。これはビジネスの基本中の基本であり、信頼関係を維持する上において、消費者の応答に対して答える責任があるという考えが私たちの事業方針である。ただ、そこは身の丈にあったものでなければならず、かつ事業の安定性を脅かすような高コストの仕組みであってはならないと考える。

6. グローバルGAP(国際適正農業規範)におけるトレーサビリティ

 国際的な農産物の安全管理手法としてディファクトスタンダードとなっている規格としてグローバルGAPがある。国内でも20数者の生産者が取得している規格であるが、2011年度から内容の一部改訂が行われ、トレーサビリティについては、かなり要求項目が増えており、欧米においても深化が求められている。また、先にドイツで発生した野菜の病原性大腸菌汚染もあり、より即時的なトレースを可能にしなければならないという課題に直面している。
 国際的に評価の高い農産物の安全管理手法であるグローバルGAPにおけるトレーサビリティの要求度の高まりは、トレーサビリティのあるべき姿を指し示しており、私たち日本の生産者も踏まえておかなければならない課題である。なぜならば、輸入農産物では、「もしもの時」に備えた体制で攻勢をかけてくる可能性もあり、また、政府が進める国内の農産物や食品の輸出においても、標準化していなければ取引の土俵にすら上る事ができなくなる可能性をもたらすからである。

7. 将来的方向性

 私たちは自らの事業の見える化を目指したトレーサビリティシステムを構築してきたが、これがゴールとは考えていない。システム構築時からの構想で、事業の多様化や社会環境、国際的な取引などにおいてさまざまなオプション機能の増強が必要になると考え、あえて基本構造はシンプルなものに徹した。現在、コンセプトを含めた設計までを終えている技術としては、
①次世代バーコードであるデータバーへの対応
②即応的リコールシステム
③生産におけるCO2排出量の計量
 これらの技術的方向は、農産物および食品流通における国際的潮流を踏まえたもので、すでに国際社会の中では取り組みや技術開発は進行中のものである。農業分野において、新たな枠組みがどんどん進んでおり、私たちのような一事業者といえ、技術革新を進めなければ国際競争において遅れを取ってしまうのが、今日の実情である。

8. 最後に

 私たちのトレーサビリティに対する取り組みは、すでに10年になる。それは流行りすたりで目指したものではなく、新たなビジネスの付加価値でもない。農業が産業化する上において、情報管理という課題に必ず行き着いてしまうことから、トレーサビリティは農業の産業化においても必須の要素である。
 これまでの私たちの取り組みは小さな一歩かもしれないが、決して無駄な一歩ではないと信じる。トレーサビリティの正しい理解が進むことを期待する。


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