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加工・業務用野菜の品種及び技術研究最前線(23)

野菜の微生物制御法の確立

近畿大学生物理工学部食品安全工学科
教授 泉 秀実


要約

 果樹の栽培環境の水や土壌において、食中毒の原因菌が存在していることがすでに確認されていることから、野菜の分野でもキャベツときゅうりを対象に、栽培から収穫までの細菌叢を調べた。野菜のほ場からは食中毒原因菌は検出されず、数々の腐敗原因細菌の存在のみが確認され、土壌、農業用水、液肥、農薬および収穫用具から野菜への汚染が推定された。それら細菌(微生物)の制御法として、栽培および収穫時における塩素殺菌水の利用や消毒用エタノールの噴霧などが効果的であることが判明した。このような手法を野菜の衛生管理に反映させることにより、野菜の栽培から収穫までの微生物制御に役立てていただきたい。

1. はじめに

 従来、食中毒を引き起こす食品は、動物性食品(牛、豚、鳥、魚など)でしたが、1990年代以降に欧米で、青果物やその一次加工品(カット青果物や搾りたてジュース)が原因と疑われる食中毒事故が急増しました。もちろん、日本ではそのような事故が起こっていませんから、生産者の栽培慣行に問題があるわけではありません。しかし、よく調べてみますと、果樹栽培環境の水や土壌には、食中毒の原因菌が存在している例も確認されたのです。従って、より安全・安心な青果物を消費者に提供するためには、それらの菌が青果物に付着しないような意識と栽培管理が、これからは必要です。農林水産省が取り組みを奨励している農業生産工程管理(GAP(ギャップ))もその一つですが、現在、米国で作成し実践している青果物の適正農業規範(GAP(ギャップ))も参考にしながら、日本でも科学的なデータに基づく衛生管理法の確立が望まれます。
 筆者らは、果樹生産における微生物制御法の検討を「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業委託事業」で行いましたので、平成18年度からの農林水産省委託プロジェクト「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」においては、野菜の栽培から一次加工野菜の生産・流通に至る微生物制御法に関する研究を実施しました。本稿では、主に野菜(キャベツおよびきゅり)の栽培および収穫中の微生物汚染源とそれらの制御法を中心に紹介します。

2. 野菜の微生物汚染度

 一般に、野菜の微生物叢は、酵母やカビの真菌に比べて細菌が多く、菌数は野菜の種類によって異なります。比較的菌数が多いきゅうり、キャベツ、レタス、ほうれんそうおよびにんじんなどの外部(外葉)組織では、4.5~6.5 log CFU/g(1グラム当たり104.5~106.5個)の一般生菌と3.5~4.5 log CFU/g(1グラム当たり103.5~104.5個)の大腸菌群が存在するのに対して、トマト、たまねぎ、あるいはにんにくの細菌数は、検出限界値(2.4 log CFU/g)以下で非常に少なくなります。一般生菌数や大腸菌群数とは、加工食品の工場で品質管理のために日夜測定される菌数で、食中毒の原因ではなく、野菜の腐敗の原因となる細菌を指します。
 本研究では、初めに露地栽培のキャベツ‘はるなぎエース’とハウス栽培のきゅうり‘インパクト’を対象に、栽培から収穫にかけての野菜の細菌叢と環境接触物(は種機、農業用水、農薬、液肥、土壌、収穫用コンテナ、軍手など)の細菌叢を把握しました。
 キャベツの種子の菌数は、検出限界値以下でしたが、定植前の実生では、一般生菌数は約6log CFU/gまで、大腸菌群数は2.5 log CFU/gまで増加しました(表1)。

表1 キャベツ発育中の細菌数

 定植後から結球開始時期までは、いずれの菌数も低下傾向でしたが、キャベツの一般生菌数は結球期以降に増加し、収穫期には1グラム当たりの菌数は外葉では6log、中葉では5log、内葉では3log程度を示しました。主に結球期以降の環境接触物からの交差汚染が、収穫キャベツの菌数を決める重要な要因と判断されます。一方、きゅうりの果実の菌数は、開花後が最も高く、一般生菌数は7log CFU/g(大腸菌群数は未検出)を示しました(表2)。

表2 きゅうり果実発育中の細菌数

 その後、菌数は生育にしたがって徐々に低下し、収穫果では一般生菌数は約5log CFU/gとなりました。これは、生育に伴い果皮に比べて果肉の菌数が低下していることから、外果皮層の発達によって、外部からきゅうり内部への菌の侵入が防御された結果と考えられます。
 細菌種を調べたところ、栽培期間を通して、キャベツときゅうりに付着していた細菌はいずれも腐敗原因細菌で、植物-土壌環境由来菌(Agrobacterium属,Bacillus属,Chryseobacterium属,Paenibacillus属,Pseudomonas属,Stenotrophomonas属など)が中心を占めました。これらは、栽培から収穫にかけての環境接触物の付着細菌の同定結果から、土壌、農業用水、液肥、農薬および収穫用具からの汚染と推定され、特にキャベツでは土壌、きゅうりでは農業用水・農薬からの汚染の多いことが確認されました。この違いは、可食部が土壌に近い葉菜類と土壌から離れた果菜類の特徴かもしれません。果樹園地(柿、温州みかんおよび梅)からは、農業用水、農薬、土壌あるいは草から、Escherichia coli O157:H7(大腸菌O157:H7)あるいはSalmonella(サルモネラ菌)が検出されたことを報告しましたが、野菜ほ場からは、これらの食中毒原因菌は検出されませんでした。

3. 野菜の栽培および収穫中の微生物制御

 食中毒原因菌が検出された果樹園地における研究では、栽培中の農業用水および農薬の微生物制御法として、農薬登録された塩素系殺菌剤(ケミクロンG;最終有効塩素濃度10ppm)の添加を、また収穫中の用具類の微生物制御法として、消毒用エタノール(濃度70パーセント)の噴霧を提案しました。キャベツときゅうりともに、栽培中の潜在的汚染源として、土壌と農業用水が挙げられ、収穫時のきゅうりでは、収穫用具(軍手、コンテナ)からの交差汚染が起こることも確認されています。そこで、これらの技術が野菜ほ場における水や土壌から由来した細菌の除去に対して、有効であるかどうかを検討しました。
 その結果、キャベツ栽培中の農業用水とそれに溶解した農薬には、約1.5 log CFU/mlおよび4属5種ほどの一般生菌(Bacillus属,Paenibacillus属,Pseudomonas属など)が存在しましたが、塩素殺菌水とそれに溶解した農薬からは、細菌は未検出となりました(表3)。

表3 キャベツ栽培中の農業用水、塩素殺菌水および農薬の細菌叢

 また、きゅうりの収穫中に使用する軍手に消毒用エタノールを噴霧することで、一般生菌数は100平方センチメートル当たりで1 log(1/10)低下し、検出される細菌も対照区の4属11種から2属7種に減少しました(表4)。

表4 きゅうり収穫中の収穫用具(軍手)の細菌叢

 特に、グラム陰性菌(Acinetobacter属,Sphingobacterium属)の除去が確認されています。このような環境接触物の微生物制御技術を野菜の衛生管理法に反映させて行くことで、環境から野菜への微生物汚染を未然に防ぎ、より安全な野菜生産に結びつくことが期待されます。

4.  おわりに

 農林水産省委託プロジェクト「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」では、カット野菜の製造および流通中の微生物制御も研究してきました。野菜を切断してカット野菜を製造する際には、数種殺菌剤の組合せ処理(カットキャベツ:焼成カルシウム製剤とオゾン水、カットキュウリ:カラシ・ホップ抽出物製剤とオゾン水)が効果的であることを報告していますが、これらの殺菌効果は切断前の野菜の菌数が低いほうが、より高いことも認めています。すなわち、本稿で示した環境接触物の微生物制御技術を施したキャベツおよびきゅうりは、生鮮野菜としてだけではなく、一次加工野菜の原料としても、微生物的安全性の確保に貢献します。このように、野菜の栽培から一次加工までの一貫した微生物制御法を確立することで、農場から食卓までの衛生管理の一体化が実現することを期待します。


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