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「地球温暖化がもたらす野菜生産への影響、その評価と推定について」


独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所
業務用野菜研究チーム長 岡田 邦彦


はじめに

~地球温暖化影響における野菜ならではの特徴~

 マスコミでもしばしば取り上げられるなど、農業関係者だけでなく一般市民の間でも地球温暖化による野菜生産への影響について関心が寄せられるようになってきたが、科学的な評価や推定となるとイネや果樹に比べ、野菜では研究の取り組みが少なかった。これは、野菜は品目が多い上、個々の品目についても産地・作期により生産方法・品種もさまざまであることが大きいが、さらには、果樹とは異なり、新産地においてもすぐさま生産が開始でき、イネなどに比べれば少ない面積で需要量が生産可能であることから、ごくごく大ざっぱな「グローバルな視点」から見れば、温暖化による影響は大きくないと見なされがちなためでもある。しかし、野菜は商品性が高く、国土面積の割には環境条件の変位の大きい日本では、気象条件・土壌条件などの自然科学的要因を基本としつつも人文・社会科学的要因も絡めて各産地で生産出荷体制の構築が試みられ、今なお現在進行形である産地間の厳しい競争といくばくかの連携の結果、現在の周年供給体制ができあがっていて、単純な適地適作だけでは語れない。したがって、いずれは産地移動は避けられないにしても、当面は、可能な範囲で「品種開発・選定を含む適応技術」で対応しつつ対応しきれない部分に対しては、全国的な周年供給をにらみながら産地移動・作期移動に伴う混乱を最小限に抑える「産地移動・作期移動に伴う産地再編最適化支援技術」などによる対応策を講じることが求められる。そのためには、前提となる「的確な影響評価・推定」が基盤技術として必須なものとなる。

1. 温暖化がキャベツ・レタス・ほうれんそうの生育に及ぼす影響

 高温環境下における野菜の反応は、個別の生育反応や特徴的な生育障害については色々と調べられているものの、全体的な生育に対する影響は意外なまでに把握されていない。これには研究手法の問題があって、人工気象室を用いた高温栽培実験では、ポット栽培で個々の生育反応は調べられても全体的な生育となると、やはりほ場での地植え栽培と同一視することはできない。ほ場で温度環境を変えるとなると、被覆して換気率で温度水準を変える被覆試験や、作期をずらしながら作付けする作期移動試験があるが、制御が困難、もしくは不可能な上、温度以外にもさまざまな要因が変化してしまうので単純な比較は出来ない。筆者は、このような複雑な変動要因が絡む中での栽培試験データを解析する手法として生育モデルを用いた解析を行っているが、温暖化影響評価研究では解析に用いたモデルがそのまま高温影響評価モデルとなり、温暖化シナリオのもとでシミュレーションを行えば温暖化影響推定が出来る。これまでにレタス、キャベツ、ほうれんそうについては、ある程度研究を進めてきたので、それぞれの品目に対する温暖化条件での生育反応を簡単に見てみよう。
 まず、レタスについては、高温そのものが光合成に及ぼす影響は意外なまでに小さい。高温による影響として非常に大きいのは抽だい(花芽を付けた茎が伸びてくることで、葉菜類では致命的に品質を損なう)が早まることで、抽だいが起こると結球も乱れる(図1)。

図1 高温で抽だいが促進され、結球が乱れたレタス

 この関係を数字として定量的に見てみると、抽だいは日平均気温が基準温度(ここでは仮に15度とする)以上となった日だけ日平均気温から15を引いた分だけ足してゆく15度有効積算温度と密接な関係がある。一方、収穫に至るためにはある程度以上の結球葉が必要だが、その葉数は0度以上の日だけ日平均気温を足していく積算温度と密接な関係があり、抽だいに至るだけの15度有効積算温度に達する前に、結球葉数確保に必要な積算温度が得られれば収穫・出荷が可能だが、15度有効積算温度の方が先に抽だい条件に達した場合には、出荷できるレタスはできないということになる。温暖化が進行し日平均気温が上がると、収穫可能な積算温度が得られる前に抽だいに至る15度基準温度の有効積算温度に達しやすくなる(図2:例えば、日平均気温20度が30度になった場合、積算温度の増加は1.5倍だが、15度有効積算温度の増加は3倍である)。

図2 収穫可能温度条件と抽だいにより収穫不能となる温度条件の模式図

 キャベツも、レタス同様高温そのものが光合成に及ぼす影響は大きくなく、やはり高温による結球の乱れが高温による影響としては大きい。レタスでも高温で抽だいの伴う結球の乱れが見られるが、キャベツの場合は抽だいを介したものではない。また、一定程度の大きさまで結球肥大をした後では高温環境下でもほぼ出荷可能な結球となるが、同程度の高温環境を結球初期に受けた場合には全く玉にならないという特徴的な性質があるようである。
 ほうれんそうは、高温により明確に光合成が抑制される。しかしながら、高温により促進されるとされる抽だいについては、高温による直接的な影響は必ずしも明らかではない。というのも、ほうれんそうの抽だいには、むしろ日長が支配的であるほか、抽だいに先立つ花成は高温ではなく低温が促進する。高温で抽だいしているように見えていても実は高温に伴う土壌乾燥の影響が強い場合も多いなどによる。

2. 影響評価研究の今後の取り組みについて

 本年度から農林水産省委託プロジェクト研究「地球温暖化が農林水産業に及ぼす影響の評価と高度対策技術の開発」で野菜や花についても研究が行われる予定である。ここでは、多くの研究実施予定課題のうちから影響評価に関係するものについて少し触れる。
 まず、ブロッコリーの異常花蕾発生やほうれんそうの成分品質、いちごの花芽形成、キクの開花期についての影響評価を新たに行うほか、既に研究が進められているキャベツ、レタス、ほうれんそうについては、温暖化だけではなく、炭酸ガス濃度上昇条件も加味した影響評価も行う。ほうれんそうの成分品質やいちごの花成については、遮光法の改良や気化熱による冷却などの適応技術についても開発する。しかし、露地生産が主体の場合には、生産コストの面で耕種的な適応技術を講じることが難しく、温暖化進行後の適地判定・代替品目検索などを行うために全国レベルでの温暖化による影響推定、マップ化などが必要である。ただ、野菜の場合、温暖化云々以前に、現時点での生産状況を知ることがなかなか難しい。つまり、市町村レベルまで調べられている生産統計では作期の刻みが大ざっぱすぎる一方、必要なだけの時間軸の刻みを持っている市場統計は生産地情報が粗いほか、本質的に消費量に対応したものであり、必ずしも生産量には対応していない。例えば、暖冬時にはくさいの出荷量が減るが、鍋需要が見込めないため出荷を控えるためであり、はくさいの生育が悪くなるためではない。こうした統計情報を含むさまざまなデータを相互に補いつつ生産現況を再構築した上で、過去の事例および影響評価モデルの知見も活用して全国レベルでの温暖化影響予測を行う。
 また、冬場の野菜については、温暖化は野菜の生産力自体にはむしろプラスになる場合も少なくないが、一部の野菜については、生産性のプラスが転じてマイナスとなる場合がある。例えば、キャベツは、ある程度の大きさになった後の低温で花芽が形成されるため、春キャベツは厳寒期に余り大きくなってしまわないような限界播種期を地域ごと・品種ごとに設定して、それ以前に播種しないようにしている。しかし、温暖化が進行すると従来の限界播種期では厳寒期に大きくなりすぎてしまい、低温感応・花芽形成が起こり、出荷できなくなるかも知れない。そこで、温暖化進行時に花芽形成や結球肥大がどうなるのかを予測・推定し、温暖化の進行に対応した限界播種期の修正策を検討する。
 ところで、ここまでは、作物生育に対する温暖化に関するものであったが、温暖化による影響が最も危惧されているのは、虫害・病害である。そこで、その一つとして温暖化に伴う害虫の越冬限界の北上によって害虫の発生パターンがどのように変化するかを予測し、さらには、従来の発生パターンに基づいて策定されている発生予察法や防除体系の再検討を行う予定である。


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