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野菜・果物に多い天然色素(カロテノイド)は
飲酒と喫煙の毒消しに役立つか?!


独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
果樹研究所健康機能性研究チーム
主任研究員 杉浦 実


はじめに

 現在、日本では、毎日350グラム以上の野菜と200グラム以上の果物を摂取することが推奨されていますが、平成19年度の「国民健康・栄養調査」の結果では、野菜摂取量の平均値は276.7グラム、果物は111.6グラムとなっており、残念ながら目標値に達していません。野菜・果物はビタミンやミネラル、食物繊維など健康に有用な成分の重要な供給源ですが、これらの栄養素以外にも近年その生理機能が注目されているカロテノイド類が豊富に含まれています。抗酸化作用を有するこれらのカロテノイド類は体内で発生した酸化ストレスから身を守ることで、さまざまな生活習慣病の予防に役立っているのではないかと考えられていますが、私たちは、喫煙と飲酒習慣を有する人は血中のカロテノイドレベルが顕著に低いことを明らかにしました。本稿では、喫煙・飲酒習慣と血中カロテノイド値との関係についてご紹介します。

1.カロテノイドとは

 果物・野菜などに多く含まれる天然色素成分で、これまでにおよそ600種類のカロテノイドが単離同定(混合物から純物質を分離させ、物質が何であるかを明らかにすること)されています。カロテノイドとは、化学式C40H56の基本構造を持つ化合物の誘導体をいい、このうち炭素と水素のみでできているものはカロテン類、それ以外のものを含むものはキサントフィル類に分類されます。人は普段の食生活において、さまざまな食品からカロテノイドを摂取していますが、このうち人が摂取して、血中に存在する主要なカロテノイドとして、リコペン、α-カロテン、β-カロテン、ルテイン、ゼアキサンチン、β-クリプトキサンチンの6種があります(図1)。人の体内に存在する主要なカロテノイド6種のうち、体内でビタミンAに変換されるのはα-カロテン、β-カロテン、β-クリプトキサンチンの3つです。近年、カロテノイドの生理機能に関する研究が大きく進展し、プロビタミンA(体内でビタミンA作用物質に変換される物質)としての働き以外にも、がんや虚血性心疾患などの生活習慣病の予防効果など、新たな生理機能が次々と明らかにされるようになってきました。これらカロテノイドの供給源としては、緑黄色野菜や果物の寄与が最も大きく、特ににんじん、ほうれんそう、かぼちゃ、緑の葉物野菜類にはα-カロテン、β-カロテン、ルテイン、ゼアキサンチンが多く、トマトやすいかにはリコペン、果物ではミカンやオレンジ、柿などにβ-クリプトキサンチンやβ-カロテンが豊富に含まれています。これらのカロテノイドは、吸収されると血液の循環によってさまざまな臓器中に運ばれることが知られています。現在、がんや心筋梗塞、糖尿病、肝臓疾患などさまざまな生活習慣病の発症に酸化ストレスが関与することが多くの研究で明らかになっていますが、カロテノイド類は、その化学構造上に二重結合を多く含むために抗酸化作用が大きく、酸化ストレスから身を守ることでさまざまな病気の予防に役立つのではないかと考えられています。


図1 野菜・果物に含まれる主要なカロテノイド

2.お酒とたばこと健康の関係

 お酒とたばこは、どちらも健康を害するものと一般には広く知られています。適量のお酒は善玉コレステロールを増やすなどの働きがあり、たしなむ程度のお酒を毎日飲むことは、むしろ健康に役立つことが多くの疫学調査から明らかになっています。この適量のアルコールというのは、日本酒だとおよそ1合に相当し、純アルコール量としておよそ23グラムになります。アルコール度数5パーセントのビールを大瓶で一本飲むと約25グラムのアルコール量になります。飲酒量とがん、心筋梗塞、総死亡リスクとの関係に関する疫学調査の結果は数多く報告されており、多くの研究から適量の飲酒は健康に役立つことが示され、また、飲み過ぎは、さまざまな部位でのがんや総死亡リスクを上げる要因であることも明らかになっています。

 一方、喫煙についてはいいことは何もなく、いろいろな部位のがんや心筋梗塞の大きな原因となります。身体に悪いのならさっさとやめれば良いのに、とたばこを吸わない人は思いますが、アルコール依存症でお酒がやめられないのと同様に、喫煙者にもニコチン依存症があり、身体に悪いと思っていてもなかなかやめられない人が多いのが実情です。

 では、過剰な飲酒や喫煙がどうして身体に悪いのでしょうか。まず、喫煙ですが、たばこの煙には、ニコチン以外の有害物質としてアンモニアやタール、アセトアルデヒド、窒素酸化物、また発ガン物質としてホルムアルデヒドやダイオキシン、アクロレイン、カドミウム化合物、シアン化水素など非常に有害な物質がたくさん含まれています。人間の身体はこれらの有害物質を分解・排泄するために代謝反応が働きますが、この過程で過剰な活性酸素種(フリーラジカル:酸素からできる極めて反応性が高い物質)が発生し、酸化ストレスが引き起こされます。過剰な酸化ストレスが発生すると、さらにこれらのフリーラジカル種を消去するためにいろいろな機構が働きますが、これにもやはり限度があり、限度を超えた酸化ストレスは、細胞膜や遺伝子、脂質やたんぱく質などの生体成分を傷つけることになり、これらの酸化障害が、がんなどのさまざまな病気を引き起こす大きな原因の一つと考えられています。

 一方、飲酒ですが、適量のアルコールなら問題なく肝臓で代謝され、最終的には二酸化炭素と水に分解されます。しかしながら、アルコールは、もともと生体には存在しない毒ですから、飲み過ぎるとやはり過剰なフリーラジカルの発生源となり、酸化ストレスを増大させ、肝細胞に障害を与えてしまいます。お酒を飲み過ぎると先ず脂肪肝になり、それでも止めない場合には、肝硬変まで移行して最終的には肝臓がんになってしまいます。

 このように喫煙と飲酒はそれぞれが大きな酸化ストレスの原因となりますが、「喫煙だけの人」あるいは「たばこは吸わないけどお酒は結構飲むという人」「喫煙もして、飲酒もする人」とでは、いったいどれくらい酸化ストレスに違いがあるのでしょうか。明確な回答を示す詳しい実験データは多くありませんが、最近、喫煙と飲酒の両方をやる人は、どちらか一方だけの人と比べて、酸化ストレスが著しく増大するという実験データが報告されています。喫煙・飲酒の両方があるとそれぞれの害が相乗的に増えるという結果です。愛煙家で、なおかつお酒を毎日飲んでいる人は、病気のリスクが著しく高まる危険があるようです。実際に疫学研究からもこのことを裏付ける調査結果が最近幾つか報告されています。健康維持のために適量と考えられている範囲のアルコール摂取量でも、こと喫煙者にとってはがんのリスクを高めたり、また、死亡リスクも高めたりするという研究結果です。

3.抗酸化物質の働き

 このように飲酒と喫煙によって引き起こされる酸化ストレスを無害化するために、人間の身体にはスーパーオキシドディスムターゼやカタラーゼ、グルタチオンなどいろいろな抗酸化システム系が備わっています。また、本来生体が有する抗酸化システム系以外にも、食品から摂取できる抗酸化物質があります。有名なのはビタミンCやビタミンEなどがありますが、これらのビタミン類は、いずれも酸化ストレスから生体を守るために非常に重要な働きを担っています。また、そのほかにも、カロテノイドやフラボノイド類といった天然由来の抗酸化物質も酸化ストレス防御という点において重要な物質として考えられており、これらの抗酸化物質の摂取量や血中濃度を測定し、がんや循環器系疾患リスクとの関連について多くの疫学研究が行われています。

 老化や疾病に酸化ストレスが大きな原因の一つになっていることは多くの研究から示されていますが、これらの酸化ストレスの害から身を守るためにビタミン類やカロテノイド類が抗酸化物質として働き、病気の予防に役立っていると考えられています。ところが喫煙や飲酒習慣を有する人では、せっかく摂取したビタミン、カロテノイド類も、これらの害から身を守るために毒消しとして無駄に消費されてしまうことが考えられます。喫煙すると体内のビタミンCが減るという話は有名ですが、ではカロテノイドはどうなのでしょうか。また、カロテノイドの種類によって何か違いはあるのでしょうか。これまでに飲酒者や喫煙者では、血中β-カロテンレベルが低下するという研究結果が幾つか報告されていました。しかしながら、主要なカロテノイド6種について、摂取量と血中濃度データから飲酒と喫煙の影響を同時に詳しく調べた研究データはありませんでした。喫煙と飲酒の両方をやるとどれくらいカロテノイドが減ってしまうのか。これらの疑問を明らかにすれば、喫煙・飲酒の両方をやる人にとって大変有益な情報となります。

4.三ヶ日町研究

 私たち果樹研究所健康機能性研究チームでは、現在、ミカン産地で全国的に有名な静岡県浜松市北区三ヶ日町の住民の方、約千人を対象にした栄養疫学調査(三ヶ日町研究)を行っております。この調査は、血中のカロテノイドレベルとさまざまな健康指標との関連を解析して、野菜・果物を食べることがどのような病気の予防に役立つのかを明らかにすることを目的としています。これまでの調査結果から、血中カロテノイド濃度が高い人(野菜・果物をよく食べる人)では、①飲酒者におけるγ(ガンマ)-GTP(アルコール性肝障害の指標となる検査値)の上昇リスク、②高血糖者における肝機能障害リスク、③動脈硬化リスク、④非糖尿病者におけるインスリン抵抗性のリスク、⑤閉経女性における骨密度低値のリスク、⑥喫煙者におけるメタボリックシンドロームのリスクが有意に低いことなどを明らかにしてきました。今回、三ヶ日町研究のデータを用い、各被験者のカロテノイド摂取量と血中濃度との関係を喫煙・飲酒習慣別に解析してみました。

5.喫煙と飲酒は相乗的に血中カロテノイドを下げるのか

 まず、被験者を喫煙者と非喫煙者(たばこをやめた人を含む)で分け、その後、さらにアルコール摂取量から①非飲酒群(一日当たり1グラム未満)、②軽度飲酒群(同1グラム以上25グラム未満)、③アルコール常用群(毎日25グラム以上)の6群に分けました。先述したようにアルコール換算で25グラムまでが適量と考えられる量です。解析した結果、非常に面白い結果が得られました。

 お酒もたばこもやらない人達と、お酒は飲まないけどたばこは吸うという人達の血中カロテノイドを比較すると、いずれのカロテノイドも有意な差は認められませんでした。たばこだけだと血中のカロテノイドにはどうも影響しないようです。ところが、非喫煙者でもアルコールの摂取量が25グラム以上になると、ルテインとゼアキサンチン以外のカロテノイドは、全て有意に低いことが解りました(図2の黄矢印)。適量範囲である1~25グラムの飲酒量だと影響は無いようです(図2の緑矢印)。ところが、適量の飲酒量でも、喫煙者についてみるとα-カロテン、β-カロテンおよびβ-クリプトキサンチンの血中濃度は有意に低くなり(図2紫色矢印)、喫煙と飲酒の両方をやることでどうやら相乗的に酸化ストレスが増大しているのではないかという結果が得られました。25グラム以上の常飲者では、喫煙の影響がさらに顕著に現れることも確認できました(図2の赤色矢印)。興味深いのは、リコペン(β-カロテンの仲間で、強い抗酸化力を持つ物質)は、飲酒による影響はあっても喫煙の影響は無く、これに対しα-カロテン、β-カロテンおよびβ-クリプトキサンチンの3つのカロテノイドは、喫煙と飲酒の影響を相乗的に受けることが解ったことです。また、ルテインとゼアキサンチンは、喫煙・飲酒のいずれの影響も受けないようです。6つのグループにおけるそれぞれのカロテノイド摂取量を同じと仮定して統計計算すると、お酒もたばこもやらない人達に比べて、たばこを吸って毎日25グラム以上のアルコールを摂取している人達では、仮に同じ量のβ-クリプトキサンチンを摂取したとしても、血中濃度は約53パーセントも低いという結果になりました。同様にβ-カロテンの場合は、52パーセントでほぼ同程度、α-カロテンでは約43パーセント、リコペンでは約37パーセント低い計算結果になりました。


図2 喫煙・飲酒習慣別にみた血中カロテノイド濃度

6.カロテノイドによって喫煙・飲酒の影響が違うのは何故か

 近年の研究から、喫煙と飲酒が生体内の酸化ストレスを相乗的に増悪させることが幾つかの研究で報告されており、これらの研究から喫煙・飲酒は相乗的に生体内の抗酸化物質を消費してしまうことが十分に考えられます。実際に今回の研究結果においても、喫煙と飲酒が血中のカロテノイドレベルを相乗的に減少させるのではないかと考えられる結果が得られました。喫煙と飲酒の影響の受け易さがカロテノイドによって異なることを主要な6種のカロテノイドについて検討した報告は今回が初めてです。飲酒や喫煙により、生体内で過剰なフリーラジカルが産生することは広く知られており、これらの生活習慣を有する人では、過剰なフリーラジカルを消去するためにカロテノイドが余計に消費されているのではないかと考えられます。この点を考えると、α-カロテン、β-カロテンおよびβ-クリプトキサンチンの3つのカロテノイドは、喫煙・飲酒が原因と考えられる酸化ストレスに対して、非常に有益な抗酸化物質と考えられます。また、喫煙者では、カロテノイドからレチノール(ビタミンA)への変換が亢進していることが報告されており、また、飲酒によっても血中レチノールが低下することも近年報告されています。α-カロテン、β-カロテンおよびβ-クリプトキサンチンは、ビタミンA効力を有するカロテノイドですが、そのために、特にこれら3種のカロテノイドの血中濃度に違いが認められたのではないかとも考えられます。一方、ルテイン、ゼアキサンチンが喫煙・飲酒の影響を受けなかったのは、これらのカロテノイドがプロビタミンでは無いこと、また、生体内の酸化ストレスに対して有効に機能しないカロテノイドであるということも推察されます。その理由として、ほかのカロテノイドに比べてその化学構造上に水酸基(ヒドロキシ基)を有することで細胞膜での局在性が異なるために、細胞膜での酸化障害に対して有効に機能できないのではないかということも考えられます。いずれにせよ、お酒とたばこの両方をやる人は、どちらもやらない人よりもかなり多くの果物・野菜を摂らないといけないのではないかと考えられます。

7.β-クリプトキサンチンは喫煙・飲酒の毒消しに役立つ最有力選手か

 以上ご紹介しましたように、喫煙と飲酒は相乗的に生体内における酸化ストレスを増大させ、その結果、がんや心筋梗塞などの生活習慣病の発症リスクを著しく高めてしまうことが考えられます。このような酸化ストレスが増大した状態で、β-クリプトキサンチンなどのカロテノイドが減少するのは、過剰に発生したフリーラジカル種を消去するために毒消し役としてせっせと働いているのではないかと考えられます。最近、海外の栄養疫学研究から大変興味深い研究結果が報告されています。オランダや上海、シンガポールの調査で、β-クリプトキサンチンが、喫煙者の肺がんリスクを顕著に下げたとする研究結果です。興味深いのはカロテノイドの中でリスクを下げたのは、β-クリプトキサンチンだけだったという研究結果が多いことです。どうもβ-クリプトキサンチンには喫煙の害を特徴的に軽減する働きがあるのかも知れません。一方、飲酒の害については、これまで私たちが三ヶ日町研究から、飲酒者の血中γ-GTPリスクとβ-クリプトキサンチンとに顕著な負の関連のあることを既に見出しています。β-クリプトキサンチンは、どうも飲酒や喫煙に絡んだ疾病リスクを特徴的に下げる効果があるのかも知れません。また、飲酒だけ、あるいは喫煙だけに焦点を絞った解析結果は、これまで比較的多く報告されていましたが、今回のように喫煙と飲酒の両方をやる人におけるさまざまな疾病リスクとの関係をさらに詳しく調べる必要もありそうです。そうすればもっと公衆衛生学的にも重要な知見となるでしょう。

おわりに

 今回の研究結果から、α-カロテン、β-カロテン、β-クリプトキサンチンは、喫煙・飲酒の毒消し役として有益な食品成分かもしれないということが解りました。野菜・果物が、これらカロテノイドの重要な供給源であることを考えると、喫煙・飲酒の両方の習慣を有する人では、より多くの野菜と果物を摂取した方が良いのかも知れません。また、野菜・果物を十分に摂っていれば喫煙・飲酒を止めなくても済むということではありません。特に喫煙は、がんなどいろいろな病気のリスクを著しく高めてしまう悪者でしかありません。果物・野菜の健康効果よりも喫煙の害の方がはるかに大きいことは間違いの無い事実です。なるべくなら禁煙して、そして、ほどほどのお酒をたしなむことが肝要でしょう。もちろんバランスの良い食事と毎日適度に運動することも重要です。


喫煙・飲酒は相乗的に酸化ストレスを増大させる

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