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情報コーナー



加工・業務用野菜の品種及び技術研究最前線⑱
スライス用トマトの品種育成のための
育種素材の選定と選抜法の確立


愛知県農業総合試験場 園芸研究部 野菜グループ
主任研究員 大藪 哲也


 本誌情報コーナーでは、平成21年12月号から22年2月号にかけて、農林水産省の委託研究開発事業である「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」の課題の一つの「業務用需要に対応した露地野菜の低コスト・安定生産技術の開発」における各試験研究機関の取り組み状況について紹介しましたが、今月号から5月号にかけて21年11月号に続き、再び農林水産省委託プロジェクト研究「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」(加工・業務用農産物プロジェクト1系(野菜))の各試験・研究機関における取り組み状況について紹介します。

1.はじめに

 トマトは家庭で消費される以外に、食品メーカー、ファミリーレストラン、ファーストフードチェーンなどで加工・業務用として広く利用されています。日本におけるトマトの需要量のうち、こうした加工・業務用の占める割合が6割を越え、そのうち80パーセント近くが輸入されています。そうした中で、安全・安心なトマトを消費者に届けるためには、家庭消費向けだけではなく、加工・業務用需要向けの国内生産を増やす必要があります。加工・業務用で利用されるトマトは、ペーストやホールトマト缶詰などの加工処理が施された形態による利用が多くなっています。一方、生鮮のまま利用される業務用トマトは、ハンバーガー、サンドイッチ、サラダなどに使われており、各用途に適した果実形質を備えていることが必要となります。さらに、トマトの低価格で安定した供給が望まれるなど、こうした実需者の要望に国内生産サイドが応えるためには、加工・業務用需要に適した果実形質を持ち、低コスト化のための省力栽培が可能で、さらに収量性に優れる国内向けトマトの品種の開発が必要となります。

2.研究内容

 愛知県農業総合試験場園芸研究部では、平成18年度からプロジェクト研究「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」の中で、「スライス用等の業務用に適した省力型トマト品種の育成」の研究に取り組んでいます。この研究は、生産の省力化が期待できる「 単為結果性 たんいけっかせい 」(ホルモン処理や受粉しなくても結実し、果実が肥大する性質)と「多収性」である上に、スライス用などの「業務用に適した果実形質」を有する品種の育成を目的としたものです。

 現在、まだ、研究の途中段階ではありますが、本稿では、これまでの調査・研究で得られた結果の中から、特に本研究において最も重要な育種素材の選定と選抜法の確立について、

  • 多収性品種の収量性、果実特性の調査
  • スライス用品種育成の素材となる品種の選定
  • 「ドリップ率と果肉厚」「果肉率と子室数」などの果実の形質間の関係により求められた効率的な選抜方法の確定
により、どのような手法を使ってスライス用トマトに適した品種の育成を行っているかについて紹介します。

3.試験結果

(1)オランダ品種の収量、果実および生育特性

 研究には、育種素材として当場で育成した単為結果性系統の「MP」と、海外から導入した多収性の品種(オランダ品種)を用いることにしました。

 オランダ品種9点と愛知県で最も多く栽培されている果実が大きい品種「桃太郎ヨーク」を栽培し、色々な特性を調査し、比較しました。

 収穫した果実は、販売が可能な「良果」、果重100グラム以下の「小果」、それ以外の「不良果」の3つに分類し、それぞれの個数、重量を調べました。さらに、果重160グラム以上の「良果」については、果実の赤色の強さを示す「測色色差計a*(エースター)値」、輸送性や日持ち性に関与する「果実硬度」、中果皮の厚さを示す「果肉厚」、果実全体に対する果肉部の重さの割合を示す「果肉率」を測定しました(第1図)。

第1図 果肉厚および果肉率の調査方法

ゼリー部および種子除去前の果実
ゼリー部および種子除去後の果実
〔果肉率(%)=((ゼリー部および種子除去前果実重-除去後果実重)/除去前果実重)×100)〕
 1株当たりの良果の収量では、すべてのオランダ品種が「桃太郎ヨーク」の6.5キログラムより収量は多く、特に「グレース」は12.3キログラムと最も多くなりました(第2図)。 第2図 オランダ品種などの1株当たり良果の収量

 良果の1果当たりの重さの平均値(平均1果重)は、「TY-75」以外のすべてのオランダ品種が、「桃太郎ヨーク」よりも重くなりました。一方、測色色差計a*値では、「桃太郎ヨーク」が29.0と最も高く、オランダ品種の中では、「フィレンツェ」および「グレース」が28.1、27.6と高く、赤味が強いことが判りました。また、果肉厚では、「桃太郎ヨーク」の5.6ミリに対して、「ユニバーサル17」以外のオランダ品種が6.6ミリ以上と厚いことが判りました(第1表)。 第1表 オランダ品種などの果実形質

 次に、根腐萎凋病(寒いときに根が腐り、枯れる病気)の抵抗性を持ち、肥大の良いオランダ品種5点と「桃太郎ヨーク」の果重160グラム以上の良果について、子室数、果肉厚およびスライスから24時間後にどれだけ果汁が漏出したかを示すドリップ率を調査しました(第3図)。
第3図 子室数およびドリップ率の調査方法


左側の果実の子室数は3、右側の果実の子室数は6

〔ドリップ率=((収穫直後のスライス重-ろ紙の上に載せ24時間後のスライス重)/収穫直後のスライス重)×100〕
 子室数は「桃太郎ヨーク」の8.2に比べてオランダ品種は少なく、「ユニバーサル17」が6.6、ほかの品種は4.5~5.3でした。果肉厚は「桃太郎ヨーク」が4.9ミリと薄くなりましたが、オランダ品種は厚く、特に「グレース」が7.8ミリと厚くなりました。ドリップ率は「桃太郎ヨーク」の8.3パーセントと比較して、ほかのオランダ品種は7.3パーセント以下と少ない結果でした(第2表)。 第2表 オランダ品種などのドリップ率

 このようにオランダ品種は「桃太郎ヨーク」と比べると、
  • 良果の収量が多い
  • 平均1果重が重い
  • 果肉が厚い
  • ドリップ率が低い

といった傾向にあることが明らかとなりました。このオランダ品種の特性である平均1果重が重い、すなわち果実が大きいということは、果実が肥大しにくい低温寡日照期(温度が低く、日射量が少ない冬)においても、業務用に適するLサイズ以上の大きさの果実を安定的に供給できることにつながります。同じく果肉が厚いことは、スライス・カットしても形がくずれにくいことに関連します。また、ドリップ率が低いということは、スライスしてパンに挟んだときに、漏出した果汁がパンの生地にしみ込むことがありますが、その果汁の漏出が少ないということにつながり、スライス用として重要な特性となります。

 調査の結果、これらの特性に着目してオランダ品種9点の中から、良果の収量が最も多く、果色の赤色度が高く、果肉が厚かった「グレース」を育種素材として選定しました(第4図)。

第4図 「グレース」の果実と草姿



 「グレース」は、収穫果数が多かったことに加えて、小果および尻腐れ果(果実の花落ちの部分が枯れて褐色になる障害)などの不良果が少なく、良果収量が最も多くなりました。また、赤色が強いため、彩りが鮮やかである利点もあります。しかし、「グレース」を含めたオランダ品種は、子室数が少ない傾向にありました。この特性は、子室1個当たりのゼリー部の重量が重くなり、スライス時にゼリー部が落ちやすく、形がくずれやすいため、スライス用に適する形質ではないと考えられることから、その点を改良する必要があります。

 その点については、省力栽培に不可欠な特性である単為結果性を有する育種素材の「MP」は、子室数が7~8と多いことから、「MP」と「グレース」を交配した後代から、平均1果重が重く、果実が硬く、果肉が厚く、果肉部分が多く、ドリップ率が低く、子室数が多い系統を選抜することによって、スライス用単為結果性品種が育成できると考えられます。

(2)ドリップ率をはじめとする果実形質間の関係

 オランダ品種5品種と「桃太郎ヨーク」のドリップ率と果重、子室数および果肉厚との関係を調査したところ、ドリップ率と果肉厚の間には、1パーセント水準で有意な負の相関が認められ、ドリップ率が低い果実は、果肉が厚いことがわかりました(第3表、第5図)。

第3表 オランダ品種5品種と「桃太郎ヨ ーク」におけるドリップ率と
果重、子室数および果肉厚との相関係数


A) 1%水準で有意であることを示す
第5図 オランダ品種5品種と「桃太郎ヨ ーク」におけるドリップ率と果肉厚との関係

A)1%水準で有意であることを示す
 「グレース」と単為結果性系統の「MP」とのF(二つの品種を交配して実った種子をまいて生育した一代雑種)における果実形質間の関係では、果肉率は、子室数および果肉厚との間に、果実硬度は、果重および子室数との間にそれぞれ有意な正の相関が認められました。すなわち、果肉部分が多い果実は、子室数が多く、果肉が厚いこと、果実が硬いものは、果重が重く、子室数が多いことがわかりました。さらに、果重は子室数との間にも有意な正の相関が認められました(第4表、第6図)。 第4表 「グレース」と単為結果性系統「MP」とのF1における果実形質間の相関係数

A) 1%水準で有意であることを示す
第6図 「グレース」と単為結果性系統 「MP」とのFにおける果肉率と子室数との関係

A)1%水準で有意であることを示す

 ドリップ率の測定は、トマトをスライスし、吸汁させるための資材に加えて、24時間経過させることが必要となります。果肉率の調査では、ゼリー部および種子の除去が煩雑です。また、果実硬度の調査では、専用の測定機器を用いて一果当たり複数回の測定が必要です。育種の現場では、限られた時間の中で多数の個体について調査し、優秀な個体を効率的に選抜する必要があるので、これらの形質を簡便に評価する手法の確立が重要です。

 上述したように、ドリップ率は果肉厚と有意な負の相関が、果肉率は子室数および果肉厚と、果実硬度は果重および子室数とそれぞれ有意な正の相関が認められました。これらのことから、育種の現場では、ドリップ率を測定するかわりに果肉厚を、果肉率を調査するかわりに子室数および果肉厚を、さらに果実硬度を調査するかわりに果重および子室数を調査し、その結果を用いて選抜しています。果重、子室数および果肉厚は、果肉率、果実硬度およびドリップ率に比べて測定が容易で簡易であるため、とても効率的に選抜できます。

 このようにして、現在、「グレース」と「MP」を交配した後代から、平均1果重が重く、果肉が厚く、子室数が多い系統を選抜し、スライス用に有望な単為結果性品種として育成を行っているところです。

 スライス用単為結果性トマト品種の育成は順調に進んでおり、近年中の発表を目指して取り組んでいます。


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