[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

情報コーナー



青果物産地のマーケティングについて
―購買行動とブランド、関係性マーケティング、店頭マーケティング―


宮城大学 食産業学部 フードビジネス学科
准教授 清野 誠喜


1.はじめに

 農業、青果物産地を取り巻く環境は厳しさを増している。とくに青果物産地では、従来の卸売市場中心の出荷から販売経路の多角化を図り、いかに、消費者や流通業者のニーズを踏まえた農産物のマーケティングを展開するかが大きな課題となっている。

 本稿では、「購買行動とブランド」「関係性マーケティング」「店頭マーケティング」という3つの視点・キーワードから、青果物産地のマーケティングについて論じる。

2.消費者購買行動とブランド

 農産物のブランド化が注目を浴び、その期待が高まっている。しかし、注意しなければならない点は、ブランド戦略を含むマーケティング行動を大きく規定する要因には、消費者の購買行動がある点である。そこでまず、農産物における消費者購買行動とブランドについて整理する。

 農産物においてブランド化が進展している「米」を対象とした購買行動実験1)によれば、①消費者が実際の商品選択時に考慮する属性は、1~2の属性でかなり限定されていること、②消費者の購入商品選択に要する時間は短く、多くの消費者が一度見た商品を再確認しないこと、などが確認されている。このことは、消費者の長年の経験にもとづく印象、換言すれば一種の好き嫌いから、まず、選択の対象を絞り込むことで「商品選択」という課題を簡略化し、これまでの慣習にかなり依存した購買行動をとっていることを意味する。

 小売店頭における消費者購買行動をもとに、マーケティング対応とブランドの意義を整理すれば図1のようになる。縦軸は消費者による購買関与の高低を、横軸は消費者の製品判断力の高低を、それぞれ意味する。前述した購買行動実験の結果は、消費者は購買時に限られた情報探索努力しか行わず、むしろ過去の経験やイメージが大きな意味を持つ、低関与・低製品判断力のセル(左下)に該当することになる。


図1 消費者購買行動とマーケティング対応、そこでのブランドの意味
資料:池尾2)を参考に作成


 重要なことは、こうした購買行動をとる消費者に対するマーケティング主体の対応方向である。そこでは、知名度拡大・イメージ訴求型のプロモーション、小売店頭スペース確保、そして低価格対応がマーケティング手法として有効になる。そして、その際にブランドの果たす意義は、購買行動の過程でさまざまな情報の取得・処理をすることが面倒、それを行う能力を持ち合わせていない状況で、名声や評判により当該商品が信頼できるとする、「信頼の印」としてのブランドの役割を果たすことにある。また、低関与の状況のもとでは、「識別手段」としてのブランドの意義はもつものの、特定ブランドの購買を意図していても小売店で見つからない、あるいは別に安価な商品が売られている場合などでは、容易にブランド・スイッチが行われやすいという特徴を持つことになる。

 したがって、小売店における消費者購買行動からみると、農産物のブランドが果たす意義は限定されたものとなり、とくに小売店頭におけるスペース確保(消費者にとって、当該商品を確実に購入できる場所が明らかになっている)というチャネル管理の問題を抱えていることになる。そうした中、畜産部門では川下へのインテグレーションや「指定店」を組織化することにより、ブランド化を図ろうとしてきた。

3.関係性マーケティング

 一方、近年の青果物産地では「関係性マーケティング」3)を志向・展開する動きが見られる。関係性マーケティングの基本スタンスは、マーケティング主体が、顧客や消費者とともに需要を共創し、その需要を共有することにある。そして、そのためには「インタラクション(相互作用)」「長期継続的関係維持」が重要なキーワードとなる。関係性マーケティングのもとでは、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)のいわゆる「4P」の役割が変わり、特に、チャネル管理を通じたコミュニケーションの重要性が高まり、その下での商品開発や販売促進が展開されることになる。

 まず、産地と消費者との関係性をみると、次のような動きがある。例えば生協産直においては、消費者による生産への関与自体は以前から行われていた。しかし、単なる「交流」をさらに発展させたものとして、産地による生産や流通履歴に関する情報公開とその確認を行う「公開確認会」が行われるようになり、消費者が産地の農薬削減に向けた取り組みを評価し、自らの責任で産地や商品を確認する手法が採用されるようになってきた。いわゆる、安全・安心の「見える化」である。また、東京のR社が2001年に開始した「いいものプロジェクト」に代表される、消費者の実食による商品評価をメーカーや産地にフィードバックし、その商品づくりを支援するとビジネスも広がりをみせている。とくに同プロジェクトは、消費者から一定の評価を得た商品については、R社が展開する「いいものコーナー」が常設されている百貨店やスーパーで販売が行われ、小売店の品揃えを活性化するとともに、消費者が評価した商品を自らの時間やコストをかけずに導入できるメリットを有するなど、消費者・つくり手・売り手をつなぐ新たなビジネスモデルとして注目される。これらはいずれも生産主体と消費者とのインタラクションを通じた、双方による価値共創・共有を促すための活動として位置づけられる。そしてそこでは、消費者が商品開発にとどまらず、商品評価やコミュニケーション代行を積極的に果たすことで販促機能をも担っているのである。

 また、産地と流通業者との関係でも、産地自らが積極的に営業活動を行い、関係性マーケティングを展開するJAや法人経営が増えてきている。具体的には、川下に対する営業活動と産地内での営農指導を連携させ、多様化した加工・業務用野菜需要に応えた生産システムの確立と商品開発、さらにチャネルの多角化を図る産地や、小売業との関係性を強化するためにパッケージセンター(PC)などに産地自らが投資する行動、などがみられるようになってきた。これらはいずれも、産地が特定の流通業者との取引関係のなかで「経営資源」を育成し、また、その「経営資源」よってマーケティング活動のさらなる展開が支えられるという仕組み、つまり「関係の資産化」が図られていることが特徴である。

4.店頭マーケティング

 また、農産物や食品においては、消費者が店舗内で購入商品を決定する「非計画購買」の比率が高いことが指摘できる。したがって、青果物産地でも小売店頭でのマーケティング(店頭マーケティング4))活動が重要となる。

 現在、消費者が農産物を購入する代表的な場所は、食品スーパーやGMS(総合小売業)などの店舗である。人的コミュニケーションが制限されるこれらのセルフ販売店では、産地は小売店頭における消費者の購買行動やその特性を理解し、それにもとづいたコミュニケーション設計と店頭マーケティングを展開することが求められる。

 青果物産地が取り組める店頭マーケティング方策の一つとして、店頭販促活動があげられる5)。図2は、消費者の視点から青果物産地の店頭販促活動の「認知」(店頭で見かける程度)と「効果」(影響されて商品を購入した程度)をまとめたものである。これによれば、POP(店頭広告)と産地フェア(コーナー)、そして試食(有人)は消費者による「認知」およびその「効果」がほかの販促活動に比べて高く、現時点で、産地にとり最も有効な店頭販促活動として位置づけられる。


図2 各種店頭販促活動の類型化―「認知」と「効果」より―
資料:消費者アンケート調査。詳細は、注5)の文献を参照されたし   注:回答に得点を与えてのスコア平均値

 ちなみに、POP(店頭広告)と産地フェア(コーナー)について、そのターゲットとなりうる消費者の特性とマーケティング対応を整理すると以下の通りである6)。まず、POP(店頭広告)が効果的であろうと考えられる消費者の特性として、20歳代で未就学児童がいる購買層が想定できる。そしてその購買行動などから、「献立・メニュー決定を促す」内容のものや、「テレビ・新聞で紹介」されたことを強調することが、POP(店頭広告)の具体的コンテンツ検討において留意すべき点である。一方、産地フェア(コーナー)については、POP(店頭広告)とは異なり、年齢などの基本属性とその効果における関連については認められない。しかし、野菜・食品の購入基準との関連が認められるところに特徴があり、具体的には「価格以外」の属性を野菜の購入基準とし、健康に配慮した食品を「選ぶ」消費者ほど産地フェア(コーナー)の効果があることが認められた。また、情報入手については「人に紹介された調理法」を実践し、店頭における試食販売で「店員との会話」をする消費者において産地フェア(コーナー)の効果との関連が指摘できる。

 これまで、青果物産地が実施してきた店頭販促活動は、小売店や卸売業者の求めに応じ、受動的な取り組みによるものが多かった。今後の青果物産地では、マーケティングチャネルの選択に留まらず、最終消費者にどのようにアクセスするか、また、その「店頭での購買シーン」や「購買意思決定はどのように行われるか」を考慮しながら、戦略的な店頭販促活動を展開することが求められてくる。

5.おわりに

 今日の青果物産地には、これまでの卸売市場対応型のマーケティングに加え、消費者・流通業者対応型のマーケティングの展開が求められている。本稿では、後者を展開するに際して必要となるいくつかの視点・キーワードから、「購買行動とブランド」「関係性マーケティング」「店頭マーケティング」の三つについて紹介した。

 とくに、ブランドに対する限定的な意義、そして非計画購買の高さ、といった消費者の購買行動の特性から、青果物産地では消費者や流通業者との関係性マーケティングや、店頭でのマーケティングの重要性が高まる。今後の青果物産地のマーケティングでは、産地規模や取引業者の特性といった諸条件を考慮しながら、これらをいかに展開していくかがポイントとなる。

1)
梅本雅・大浦裕二・山本淳子「米購入時における消費者の意思決定過程の実態と特徴」『農業経営研究』40巻4号、2002年。
2)
池尾恭一『日本型マーケティングの革新』有斐閣、2003年。
3)
関係性マーケティングの詳細は、嶋口充輝『顧客満足型マーケティングの構図』有斐閣、1994年、や和田充夫『ブランド価値共創』同文舘出版、2002年、を参照されたし。
4)
店頭マーケティングの詳細は、大槻博『店頭マーケティングの実際』日本経済新聞社、1995年、を参照されたし。
5)
調査結果の詳細は、清野誠喜・上田賢悦・清水亜紀・小笠原伸也「青果物の店頭販促活動の類型化とターゲット特性」『東北農業経済研究』24巻1号、2006年を参照されたし。
6)
注5)に同じ。

元のページへ戻る


このページのトップへ