昭和の終わりから平成の初めのバブル景気以降食の多様化が進み、外で食事する機会が増えるに従い外食産業が発展し、業務用野菜の需要は急増した。
また、経済が危機的状況といえる昨今では、給与所得の頭打ち傾向が共稼ぎ家庭の増加を生み、食事を簡略化する傾向が加工食品の需要を高めた一つの結果へとつながったと思われる。
国や独立行政法人農畜産振興機構では、このような状況を踏まえ、また、食の安全・安心という見地から、加工・業務用野菜の自給率の向上を目指し「契約野菜安定供給事業」を展開するほか、「野菜産地と実需者との交流会」を積極的に開催し自給率向上の為の努力を続けている。
加工・業務用の国産野菜の自給率は、生産農家の高齢化のほか、国産ものと輸入ものとの価格差などにより、平成2年には88パーセントであった加工・業務用に占める国産野菜の割合は、平成17年には68パーセントにまで低下している。
一方、中国産冷凍ギョーザ問題に端を発した輸入食品の安全性に対する不安から、消費者の輸入品離れが進み、平成20年は生鮮、加工品を問わず輸入量の大幅な落ち込みとなり、自給率向上の必要性を裏付ける結果となった。
平成20年の中国からの野菜の輸入は、1月~7月の前年同期比で、生鮮野菜が67パーセントと減少し、冷凍野菜も同85%と減少しており、食の安定確保の面からも自給率アップの必要性が問われている。
このことは、加工業者へのアンケートでも国産品比率を高めたいとする事業者が81パーセントいる事でも裏付けられる。
(農林水産省および(独)農畜産業振興機構の資料から)
葉茎つきで収穫したエダマメのサヤをもぐための機械
このような機械の導入で、ヘクタール単位の栽培が可能になった
加工用の国産野菜は、広大な耕地面積を有する北海道における生産が主力となっており、栽培地と加工工場とが近接した恵まれた条件下で、契約栽培により原料の安定確保を図りながら操業が行われている。
契約方法は、契約対象者により分かれるが、面積契約と数量契約の二通りがある。契約内容は全体で13項目にもわたり、いかに良質な原料の安定確保に重点が置かれているかが窺い知れる。
契約内容には、「会社が指定した品種と作付面積の順守」という項目があり、加工会社に指定品種として使用してもらうことは、一般農家への種子の販売に比べて大きな数量の販売に結び着くことから種苗会社にとってのメリットも大きい。各種苗会社が、競って加工会社への売込み競争を行う要因はこの事が根底にある。
加工会社に指定品種として採用してもらう為には、当然各会社の試作ほ場での厳格な試験に合格する事が求められ、種苗会社は以下の項目を重視した試験を行っている。
① 試験品種が産地、加工会社、消費者それぞれの立場でメリットが感じられる品種であること。
② 加工会社の期待する品質で製品化が可能であり、計画面積で計画量の加工が可能であること。
③ 収量性とともに加工効率が高く、原価軽減が可能であること。
④ 加工までの原料保管中に変色、軟化、腐敗などを起こさず、日持性に優れた品種であること。
⑤ 既存品種に比べ、高品質の製品が生産できること。
加工用品種の開発に当っては、各種苗会社において、品目ごとに前述の内要を精査しながら開発を続けている。
生鮮野菜以外の分野における加工野菜の位置付けは、同一の野菜を多種多様な加工方法で商品化し、異なった商品として生産販売するもので、商品により一次加工、二次加工と加工方法も分かれる。以下はその方法である。
① カット野菜…消費者(実需者)が調理の際手を加えず利用できる形態にあらかじめカットし販売されている野菜。調理方法に合わせ単品ごとにいろいろな形態にカットし販売したり、サラダ用などには数種類のカット野菜を組み合わせ販売するケースもある。
② 塩蔵品…野菜に塩分を加え加工する事で、雑菌の繁殖を抑え貯蔵性を持たせたもの。一次加工品としての塩蔵品と、二次加工品としての味噌漬けなどがある。
③ 冷凍品…調理済み、あるいは下ごしらえ済みで冷凍し、調理の際の省力化に役立つ食品。最近では瞬間急速冷凍の方法で、雑菌の繁殖を抑え、長期間鮮度を保持する加工方法が多く採用されている。
④ 乾燥野菜…収穫した野菜を自然状態で洗浄後乾燥、または熱湯で一度煮沸した後熱風で強勢乾燥したもので、水分を飛ばすことで雑菌の繁殖を抑え貯蔵性を持たせた野菜。
⑤ 調製品…一品目による製品でなく、いくつかの品目を混ぜ合わせて製造したもの。
⑥ レトルト品…合成樹脂フイルム、アルミ箔などを張り合わせ、光を通さない袋又は成型容器に内容物を詰め、密封し過熱処理し製品化したもの。
⑦ パウダー…野菜を乾燥させ粉状にしたもので、ベビー食品、サプリメント、スープ、菓子などの原料の一部として利用するための加工品。
⑧ 缶詰、瓶詰…古くから行われており、最も一般的な長期保存を目的とした加工法で、野菜の持つ特性を極力失わないよう加工される。消費者へ直接販売される商品の他、業務用販売など大容量で生産される場合も多い。
⑨ ジュース…トマト、ニンジンその他の野菜を搾汁し、単品または数種類を混ぜ合わせ商品化したもの。瓶入り、缶入り、プラスチック容器などで販売される
⑩ その他
一口に加工食品と言っても、以上のように多種多様な加工方法で処理され、原料の持つ機能性を極力損なわず、食品としての付加価値を加えるなど、原料の特性を生かすさまざまな方法が研究されている。
また加工方法は、それぞれの加工会社で独自性があり、製品種類、販売先などの製品に対する要望により異なる。原料に同一品目の野菜を使用しても、加工後出来上がった製品は、それぞれ会社により独自の商品として販売される。
多種多様な加工方法により利用される野菜であるが、それぞれに加工原料として使用される野菜の品目は概ね以下のように分類できる。
① カット野菜…ベビーリーフ、ゴボウ、ニンジン、ダイコン、キャベツ、ブロッコリー、レタス、タマネギ、シロネギ、ピーマン、ニガウリ ほか
② 塩蔵品…ダイコン、カブ、二十日ダイコン、ハクサイ、キャベツ、ツケナ、ナス、キュウリ、ツケウリ、ニンジン、ゴボウ、ラッキョウ、ショウガ ほか
③ 冷凍品…ジャガイモ、カボチャ、エダマメ、スイートコーン、ブロッコリー、ホウレンソウ、インゲン、ソラマメ、サヤエンドウ、サトイモ ほか
④ 乾燥野菜…トマト、カボチャ、キャベツ、ホウレンソウ、ネギ、ニンジン、ニガウリ、シイタケ ほか
⑤ 調製品…ジャガイモ、キュウリ、タマネギ、ニンジン ほか
⑥ レトルト…トマト、ホウレンソウ、コマツナ、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、トウモロコシ ほか
⑦ パウダー…カボチャ、ニンジン、ニガウリ、モロヘイヤ、トマト、トウガラシ ほか
⑧ 缶詰、瓶詰…トマト、エンドウ、インゲン、スイトコーン、ペコロス、アスパラ、ホウレンソウ、タケノコ ほか
⑨ ジュース…トマト、ニンジン、タマネギ、セルリー、ホウレンソウ、キャベツ、ケール、ニガウリ、メロン ほか
⑩ その他
<業務用野菜に対する種苗会社としての考え方>
中国からの業務用野菜、加工品の輸入は、一時的に減ったとはいえ、今後も継続されることは間違いなく、以下の点に留意して取り組んで行く事が大切と考える。
加工・業務用野菜として現在使用されている品種は、ほとんどが生鮮野菜用に通常販売している品種を使い栽培しているが、栽培地の条件が育成地の条件と異なる場合も多く、品種の持つ能力が十分に発揮されず、予想に反して不本意な結果を招いている例も多いことから、産地に合った品種の選定が非常に重要である。
現在販売されているF-1品種は、広い地域適応性を持った品種も多く、種子コストのみに拘ることなく、種苗会社と相談し、最適品種を選定し作付けすることが重要である。
加工用として栽培する場合には、収量、品質のほか、加工適正、加工後の品質と賞味期限前の変質なども事前に調査しておく必要がある。
“種子とは種々の生産資材の中でも、最も重要な資材である”。要は信頼の置ける種苗会社からアフターサービス面も含め、信頼の置ける品種を購入し栽培する事が最も重要である。
<国内における加工・業務用野菜への取り組み>
加工・業務用野菜の栽培においては、積極的に契約栽培を推進して行く必要があり、生産者に販売面で安心感を与えることで、継続拡大に繋がっている(滋賀県JAグリーン近江大中の湖加工生産部会では、13農家でキャベツ22ヘクタールを契約)。
しかし、各府県のJAでは、郡、市を超えた大型合併が進められたことで、指導員の不足から十分な技術指導が受けられず、期待した成果が得られていないという話をよく聞く。
国内大手の種苗会社では、栽培指導のできる技術者を養成し、産地の要望に応える取り組みを積極的に行っている。
品種決定に必要な品種比較試験を含め、栽培指導に種苗会社が参加する事で生産者の信頼が得られ、長期契約に繋がることから契約栽培の実効が期待できる。その意味でも種子の調達機能だけでなく、栽培指導面を含め、積極的な種苗会社の活用を期待したい。
業務用野菜と生鮮用(主に家庭消費)は、その利用形態においては同一と考えて良い。しかし、加工用の場合は、前述のごとく、加工方法が10種類以上の多岐にわたり、一次加工、二次加工を含めると多種多様で、加工方法に沿い品種改良することは到底不可能である。
しかしながら、現在加工に利用されている各品目の中で、塩蔵、冷凍、缶詰、瓶詰、ジュースなどそれぞれの加工形態に応じ、加工後の品種特性の見極めが可能な品目を中心に、加工に最も適合する品種の開発が行われている。
加工向け品種開発に当っては、以下のポイントが重要と考えられている。
① 工場を計画通り動かすには、原料の生産計画がポイントとなる。そのため計画量が確実に確保できる多収性品種であること。(原料単価の引き下げにもプラス)
② 生産物の揃い性が良く、原料として加工効率の上がる品種であること。
③ 加工歩留まりが良く、原料と製品との差が少ない品種であること。(原料保管中の腐敗、乾燥、病気の発生で目減りが少ないことも含む)
④ 加工後も品種特性を発揮し、品種特性が消費者にアピールできる品種であること。
⑤ 生鮮向けの開発品種にも共通するが、開発品種に各種ビタミン、β‐カロテン、アントシアニン、各種アミノ酸、糖、でん粉などの機能性の高い成分を多く含む事で、業務需要および加工食品としての価値を飛躍的に高められる品種。(各社とも機能性品種開発は積極的に進めている)
⑥ 現在加工用として利用されている品種の多くは、生鮮向け品種の活用であるが、加工用としての生産の多い品目や、製品に機能性を多く持たせたい品目などでは、加工用専用品種としての開発が行われている。(トマト、トウガラシ、カボチャ、スイトコーン、ホウレンソウ、インゲン、ネギなど)
トキタ種苗㈱では品種開発に当たり、研究農場の規模、施設、研究員の人数などの関係から、全ての品目の開発を行っている訳ではない。また、加工用品種は、開発の歴史が比較的新しいことから、大規模に導入して頂いている品種は少ない。しかし栽培試験の結果では高い評価を頂いている品目もあり、今後に期待を繋いでいる段階である。
海外向けを含め、重点育種すべき品目を決定し、これらは前述した加工用として具備すべき事項をチエックしながら、大利根研究農場(埼玉)、インド、中国の研究農場との連携を強化し開発を進めている。
開発の中心となる品目は、北海道内で多く栽培され、加工用の栽培が行われている品目(カボチャ、ホウレンソウ、インゲン、スイートコーン)のほか、業務用として契約栽培の多いトマト、キャベツ、ブロッコリー、ネギなども開発を進めている。
わが国の食習慣は、今後益々欧米並みになることが予想され、食習慣の変化から、加工用野菜の重要性は一層高まってくるであろう。従って加工・業務用の種子の需要も今後増加してくることは確かである。
残念ながら現存する種苗の統計資料には、種子の販売を用途分類した資料は見当たらず、具体的な数字を報告できないが、かなり多量の種子が流通していることは間違いなく、今後各種苗会社間で加工用種子の開発競争が激しくなると思われる。
本稿で記載した内容は、データに基づいた記載が少なく、種苗業者仲間、あるいは関係先の加工会社担当者と接し得た情報が中心となっている事をお許し頂きたい。