背景
国内で消費される野菜の55%が加工・業務用であると言われています。きゅうりは、国内の作付面積が1万3千ヘクタール、出荷量が52万6千トン(平成18年度)あり、主要野菜の一つですが、45%が加工・業務用として消費されています。
きゅうりの加工用途は、浅漬けやキムチなどであり、業務用途としては、サラダ・サンドイッチや冷やし中華などの冷麺の具、また、最近では人気がある恵方巻きなどのカッパ巻きの具などがあります。
切り方は、サラダやサンドイッチではスライス切り、冷やし中華などの冷麺では千切り、恵方巻きなどのカッパ巻きではスティック切りなど、用途により様々です。
実需者の要望
加工・業務用のきゅうりについて、実需者はどのようなものを必要としているのかを知るために、アンケートや聞き取り調査を行いました。その結果、「定時定量の安定供給」、「安価」や「品質の安定性」などの回答が寄せられました。特に品質においては、加工形態によりやや異なり、スティックなど棒状のものでは、曲がりや種が入っている胎座部がなるべく少ないものが良く、スライスや千切りなどでは、果皮がやや厚く緑が鮮やかで、果肉がしっかりしているものが良いなど様々でした。
また、最近では洗浄しづらい果実の表面のいぼは、衛生面から問題視されています。
加工・業務用農産物プロジェクトでの取り組み
このような実需者の要望に応えるために埼玉県では、農林水産省委託プロジェクト研究「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」、1系(野菜)の中のウリ科ユニットで「安全・安心でおいしい業務用きゅうりの生産技術の開発」という課題に取り組んでいます。そこで、本稿ではこれまでの研究成果とこれからの課題について紹介します。
まず、埼玉県では衛生面で有用な特性を持つとされるいぼ無し系きゅうりを中心に試験研究を行うことにしました。(写真1)
最初にきゅうりを周年安定供給するために、いくつかの作型を組み合わせた体系について考えました。1つのハウスできゅうりの周年栽培を行うのは苗を育てる期間、土壌消毒をする期間を考えると不可能です。そこで図1のように作型1と作型2という2つのハウスを用いて周年栽培を行う作型を考えてみました。これは県内の主要作型である抑制栽培+促成栽培の体系に収穫期間の隙間を埋める作型を入れ込んだ体系です。この4作型においていぼ無し系品種を中心に品種比較を行いました。
各作型における有望品種
7月は種、11月は種、4月は種、9月は種の各作型において、県内で使用されている慣行のいぼの有る品種を対照にいぼ無し系品種を5品種用いて収量・品質などについて検討した結果、7月は種では「フリーダム」(株式会社サカタのタネ)、「ポリッシ」(財団法人日本園芸生産研究所)、11月は種では「フリーダム」、4月は種では「フリーダム」、「ポリッシ」、9月は種では「フリーダム」が対照の慣行品種と同等もしくはそれ以上の収量があり、品質もほぼ同等でした。
しかし「ポリッシ」は、作型により対照品種や「フリーダム」に比べ収量にむらがあったため、今回の試験では全ての作型で安定していた「フリーダム」を使用することにしました。
「フリーダム」には、ハウス1号・2号・3号・露地1号の4種類があり、埼玉県では一番生育の旺盛な「フリーダムハウス1号」を用いて試験を行っています。初めて栽培する方や生育が旺盛すぎると思う方は「フリーダムハウス3号」がやや側枝の発生がハウス1号に比べ弱いので作りやすいです。
衛生面の検討
いぼ無し系品種(フリーダム)、いぼ有りで慣行品種(グリーンラックス2)、いぼの多い品種(四葉系:黒さんご)を用いて(写真2)、①農薬の付着量、②生菌数の水による洗浄方法後の違いによる生菌数の削減効果について検討しました。
農薬の付着量は、3種類の農薬(MEP、TPN、クロルフェナピル)を散布して1日後に収穫し分析しました。
この結果、農薬の付着量の比較では、3種類の農薬について、いぼ無し系品種(フリーダム)における農薬の付着は、慣行品種に比べ少なかったです。(図2)
水を使用した洗浄方法の違いによる生菌数の削減効果は、収穫果実をそのまま用いて検査を行ったのでは、生菌数があまりにも少なく比較できませんでした。このため、井戸水に半日浸けた後、表面が乾燥した果実を用いて、「無洗浄」、「こすり洗い1回」、「こすり洗い3回」の3区を設け、サニ太くん(簡易検査用紙)を用いて生菌数の検査を行いました。
この結果、いぼ無し系品種(フリーダム)はこすり洗い1回区で生菌数はかなり減少しましたが、いぼ有りで慣行品種(グリーンラックス2)やいぼの多い品種(四葉系:黒さんご)では生菌数の減少は少ない結果でした。こすり洗い3回区では、やや個体差はあったもののいぼ無し系品種(フリーダム)、いぼ有りで慣行品種(グリーンラックス2)は生菌数がかなり減少しましたが、いぼの多い品種(四葉系:黒さんご)では、ほかと比べると減少の度合いが少ない結果となりました。(写真3)
その後、いぼ有りの慣行品種(グリーンラックス2)やいぼの多い品種(四葉系:黒さんご)においても、こすり洗いを5回することにより区間に差はなくなりました。
したがって、いぼ無し系品種(フリーダム)は、ほかの品種に比べ、洗浄が容易であり衛生的な面で優位性があるものと思われました。
安定生産のための整枝法の検討
品種比較試験時に摘心栽培を行い、整枝方法を放任枝2本用いる方法で栽培を行っていましたが、いぼ無し系品種(フリーダム)は、側枝の発生が旺盛で節数が多くなり管理が大変になるため、より省力で同等の収量・品質が維持できる整枝方法を検討しました。
7月は種の作型では、放任枝を用いる整枝区で収量がやや多いものの生育が早く管理が大変であったことから、この作型ではやや収量は劣るものの管理が簡単である全ての節において2節摘心がよいと思われました。
9月は種の作型では、つる下ろし栽培で収量が最も多くよいと思われましたが、やや着果位置が低く収穫がしにくいため、現在つる下ろしの側枝の管理方法について検討中です。
摘心栽培では、つる下ろし栽培よりやや収量は落ちますが、低温期に栽培することから、側枝の伸長が他の作型に比べて緩慢であるため、放任枝を1本用いるとよいと思われました。
11月は種の作型では、低温期から始まる作型ですが、栽培期間が長く放任枝を用いる区では整枝管理が大変になるため、放任枝を用いる区と収量があまり変わらない2節摘心区がよいと思われました。
4月は種の作型では、放任枝を1本用いると収量は多くなりますが、上物率がやや落ち、上物収量は全ての節を2節摘心する方法とほぼ同程度であるため、整枝管理の省力化を考えると2節摘心区がよいと思われました。
周年安定生産
今までの品種比較や整枝法の検討の結果を図1に示しました。これまでで、2棟で4作栽培を行うことにより周年栽培は可能であることが明らかになりました。安定供給を行うために毎月2~2.5トンの収量の供給を目標とすると12月の収量増加を検討する必要があり、現在整枝方法などを検討中です。
今後について
食生活の形態が変化し、野菜の加工・業務用需要が増加している中、これまでの家庭での消費を前提とした市場出荷中心の野菜生産から、加工・業務用に適した規格で生産する必要性が生じています。
さらに、近年、消費者の安全・安心に対する関心が高まっており、実需者も安全な野菜の確保が必要になっています。これまでの研究によりいぼ無し系きゅうりは、慣行きゅうりに比べ衛生面において優位性があることがわかりましたので、需要も伸びてくると思われます。今後、より良い整枝方法の検討や栽植密度の検討を行うことにより省力多収栽培体系を確立していく予定です。
また、現在のいぼ無し系きゅうりはやや果肉部が軟らかいため、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構野菜茶業研究所で育成している果肉部のしっかりとした良食感きゅうりの栽培適応性の検討なども行っております。
〔参考 本稿における用語の解説〕
節(せつ)
茎の葉や果実がつくところ。節には普通、芽があり、剪定や摘心をするとその芽が動いて、新しい枝を伸ばす。
側枝(そくし)
節から新しくできた枝
放任枝(ほうにんし)
節から新しく出た枝を摘心せずに伸ばし続けている枝
整枝(せいし)
栽培期間中の側枝の管理方法のこと
摘心栽培(てきしんさいばい)
必要以上に伸びるのを止め、わき芽の発生や開花、結実を促すため樹の芯の先端を摘みながら管理する栽培
2節摘心栽培(にせつてきしんさいばい)
摘心栽培の中で伸びてきた側枝を2節ごとに芯を摘みながら管理していく栽培
つる下ろし栽培(つるおろしさいばい)
摘心栽培と違い4本程度の側枝を摘心せずに伸ばしていく管理をする栽培
促成栽培(そくせいさいばい)
ビニールハウスなどで保温、あるいは、加温し、旬の時期よりも早い1~6月(きゅうりの場合)に出荷する栽培
抑制栽培(よくせいさいばい)
ビニールハウスなどで保温、あるいは、加温し、旬の時期より遅い9~11月(きゅうりの場合)に出荷する栽培
慣行栽培(かんこうさいばい)
一般的に行われている栽培方法で、整枝方法が摘芯により管理されている栽培方法