※)2007年12月号~2008年4月号まで連載した「加工・業務用野菜の品種および技術研究最前線」の第2弾を今月号から再開します。
ほうれんそうは代表的な緑黄色野菜であり、和洋中のいずれの料理にも使いやすいため、外食・中食でのニーズが高い野菜の一つです。特に、2002年の中国産ほうれんそうの残留農薬問題以来、学校給食をはじめとして、加工・業務用原料への国産品の供給への要望も非常に高まっています。しかし、輸入ほうれんそうの生産管理体制の整備も進んできており、生産管理体制に対する条件を付けた上で、再び輸入品の利用に戻る動きも見られ始めており、国産といえども、より一層の低価格での供給が求められるという状況に変わりはありません。
そこで、改めてほうれんそうの生産コストを見てみますと、全作業時間の実に約8割を占める収穫・調製・出荷作業にかかる労賃が高コストの大きな要因となっているほか、葉根菜生産における低コスト化の絶対的条件である規模拡大への障壁となっていることが分かります。
具体的な数字を示した方が分かりやすいので、農林水産省統計の「平成18年産 品目別経営統計」の全国平均値を用いて計算してみましょう。ただし、お断りをしておきますが、実際の農業現場における作業時間、特に、調製・出荷などに要する時間は、作業者の熟練度はもちろんのこと、それぞれの現場で用いられている調製の性能、産地により異なる出荷基準や梱包形態や組作業体系などにより、大きく異なるため、単純に一般化することには、ある種の危険が伴います。したがって、ここでの計算はあくまでも目安としての試算であり、個々の事例にそのまま当てはまるものではないことをご承知おき下さい。
さて、市場出荷用のほうれんそうをいわば加工・業務用に流用する場合から、最初から加工・業務用専用として生産・出荷するという方式への移行を考えますと、特に冷凍原料用などでよく見られるバラ出荷を導入することにより、調製・出荷作業が大幅に省力化され、低コスト化が図れます。また、一般的な市場出荷用では、草丈が約25cmの時に収穫されますが、加工・業務用では、草丈35~40cm程度の大株での収穫が可能となるため、面積あたりの収量も上がり、その分、重量あたりの生産コストはさらに抑えることが出来ます。残念ながら、バラ収穫・出荷を行った場合に、関係する作業時間がどれほど短縮できるのかについてのデータを持っていないので、ここでは仮に、10分の1に短縮できたとしますが、その場合には、残る作業時間の約5割が収穫作業(株の切り取りからほ場外への持ち出し)にかかることになり、収穫作業の省力化がさらなる省力低コスト化を達成する上で重要なターゲットとなります。
これには技術的な対策が必要であり、高性能な収穫機の導入がポイントとなります。
ところで、地際でほうれんそうを刈り取る収穫作業には、腰やひざを深く曲げるという劣悪な作業姿勢が強いられますが、市場出荷用の場合、調製・出荷作業の作業効率で生産量全体が決まる、すなわち、調製・出荷が可能な量しか収穫できないという面があります。その場合には、必然的に長時間に渡る収穫作業は行われにくいので、作業姿勢の問題は相対的に小さな問題として片づけることもできました。しかし、バラ収穫・出荷に伴って調製作業が大幅に効率化されて、いわば収穫したら収穫しただけ、どんどん出荷できるようになりますと、何倍もの量の収穫が可能になります。それに伴い収穫作業時間も長くなりますと、作業姿勢の問題ももはや無視することはできません。このように、収穫作業以外の作業の効率化により、軽労化の点からも収穫作業の機械化の持つ意味が大きくなってくることが考えられます。(第1図)
そのために、農林水産省委託プロジェクト研究「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」(略称、加工・業務用プロ)1系では、株式会社ニシザワが参画し、収穫作業を省力化・軽労化でき、収穫後のハンドリングも良好な高性能収穫機の開発を行っています。ビニールハウスなどでの分散したほ場での栽培も多いほうれんそうの生産形態を考慮して、取り回しが良い小型機械の開発を意識しています。
ところで、これまでにも、ほうれんそうなどの非結球葉菜(いわゆる「菜っぱ」もの)用の収穫機の開発は行われてきましたが、作業効率やほうれんそうの損傷・汚れなどに課題が残るなど、広く実用化されたものはありませんでした。もっとも、これまでは必ずしも明確に加工用ほうれんそうを対象としてこなかったことも、開発機の評価が定まりきらなかった一因でもあるので、今回は加工用、特に冷凍食品原料用栽培への利用、という明確な開発目標を設定し、開発に取りかかることにしました。
さて、収穫機の開発状況ですが、現在、プロトタイプ1号機改まで開発されています。(第2図、第3図)
全長140cm、全幅186cm、重量230kg、最小旋回半径186cmで、動力には、ハウス内での使用を考え、排気のクリーンで速度制御が容易な電動モーターを使用します。(写真のプロトタイプ1号機改では、バッテリー容量と連続作業時間の関係で、一時的に2サイクルエンジンの利用を試みましたが、後述するように電動モーターの利用に戻しています。)また、土の混入、隣の株の葉との絡み合いによる葉の損傷を避けるため、ほうれんそうを地上3~5cmで刈り取ることにしましたが、このことにより、雑草の混入も軽減できますし、冷凍原料としても好まれない地際の太い葉柄部が少なくなるので、収穫物の品質の向上にも繋がります。
こうして刈り取られたほうれんそうはブラシでやさしく掻き揚げられ、コンベヤにより収穫機後方へと送られていきます。こうした構造は野菜洗浄機で実績のある株式会社ニシザワで蓄積されたノウハウが用いられており、搬送中のほうれんそうの損傷が最小限となるように設計されています。また、ブラシの色も、試作当初は緑色でしたが、プロジェクト研究の推進会議での指摘に基づき、異物などを見つけやすい白に変更しています。そして、収穫機最後部に運ばれたほうれんそうをコンテナなどに移し替え、コンテナをほ場の外に搬出して、収穫作業が終わります。
このプロトタイプ1号機改の性能を実際にほうれんそうが栽培されているほ場で試験したところ、これまで10aの収穫に4人作業でおよそ160時間要していたところ、2人作業、4時間で収穫できました。ただし、試験規模などの関係で、あくまでも、この収穫機の基本的な性能の目安と考えて頂かねばなりませんが、単純計算では約80倍という作業効率データが得られています。今後、より実際的な栽培ほ場・作業体系での検証などにより、実証データを蓄積していく予定です。
以上のように、ほうれんそうの省力化への寄与が大きく期待される収穫機ですが、残るプロジェクト研究期間中に、さらなる改良を進め、最終的な収穫機は、
を可能とするべく、開発を進めています。
※次号では、「加工・業務用に適したかぼちゃの安定供給のための栽培技術・貯蔵技術」を掲載する予定です。