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加工・業務用野菜の品種及び技術研究最前線③
単為結果性なす品種「あのみのり」と、
その完全種なし化を目指す育種について


独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
野菜茶業研究所 野菜育種研究チーム
上席研究員 齊藤 猛雄


1.なすにおける農作業の大幅な省力化のために


  通常のなす品種は受粉しなければ果実は肥大しません。特に冬の施設栽培等においてはうまく受粉が行われないため、果実が肥大しません。そこで、着果及び果実の肥大を安定化させるために植物ホルモン剤処理や訪花昆虫であるハチ等が利用されています。しかし、植物ホルモン剤処理には多くの労力を必要とし、栽培に要する全労働時間の約1/4~1/3に達します(門馬、1996)。また、訪花昆虫利用は花粉形成に必要な最低温度を確保する必要があるほか、広く使われるセイヨウオオマルハナバチは「特定外来生物による生態系等に係る被害防止に関する法律」(外来生物法)において特定外来生物に指定され、利用に当たってはいくつかの適切な措置が必要となっています。

  これらの問題を解決するために、野菜茶業研究所では受粉や植物ホルモン剤処理なしでも実の着く単為結果性※1)なす新品種「あのみのり」を育成しました。ここでは、その育成経過、特性とその完全種なし化への取り組みについて紹介します。


※1)単為結果性:通常、種子ができないと果実は肥大しないが、植物種によっては種子ができなくても果実が着果・肥大する現象がある。

2.「あのみのり」の育成経過

(1) 単為結果性なす品種「Talina」の導入
  1994年にイタリア野菜試験場の研究者から野菜茶業研究所では単為結果性のなすF1品種「Talina」を導入しました。
  「Talina」はヨーロッパの種苗会社が育成した単為結果性品種ですが、生育がやや晩生、葉や茎に毛が多く、茎及び果実のヘタは緑色で、果皮は黒紫色のいわゆる米なすタイプであり、日本の主要品種と比べて分枝及び開花数は少ない傾向にある等、日本でそのまま普及するには多くの問題を抱えていました。そこで、日本向け単為結果性なす品種の育成を始めることにしました。

(2) 単為結果性の遺伝
  品種改良をするには、改良しようとする特性の遺伝性を明らかにすることが重要です。そこでまず、「Talina」の持つ単為結果性の遺伝性を明らかにする試験を実施しました。なお、なすでは着果しても種子が形成されず、果実の肥大が悪い、いわゆる石なす果を生じることがあります(図1)。これは単為結果性により着果したものの、正常に肥大しなかった果実です。この着果するかどうか(石なす果を生じるかどうか)に関係する単為結果性を石なす型単為結果性、着果後に正常に肥大するかどうかに関係する単為結果性を完全肥大型単為結果性と呼ぶことにします。



図1 石なす果(左)と正常肥大果(右)
(石ナス果は、正常肥大果と比べて小さくてつやがなく硬い)

  遺伝性を明らかにする材料として、「なす中間母本農1号」(P1)、「Talina 2/1」(P2)、両者のF1、F2、戻し交雑系統(BCP1、BCP2)、及び「千両二号」を用いました。受粉しないように開花前に雄しべを除去し、開花後の果実肥大状況を調査しました(吉田ら、1998)。その結果、「千両二号」では石なす果が多く認められ、石なす型単為結果性を有すると考えられました(表1)。これに対し、「なす中間母本農1号」では石なす果の発生は少なく、「千両二号」よりも弱い石なす型単為結果性を有すると思われました。一方、「Talina 2/1」は無種子でも有種子果と同等に肥大する果実があり、完全肥大型単為結果性を持つことが明らかになりました。「なす中間母本農1号」と「Talina 2/1」とのF1は、正逆の両方の組合せにおいて、全個体で正常な果実肥大が認められ、完全肥大型単為結果性は優性に遺伝することが明らかになりました。分離世代のF2、BCP1における正常果実肥大個体の出現率は、それぞれ77%及び51%でした。これは、完全肥大型単為結果性には1つの優性な遺伝子が関係していると仮定した場合の数値に極めて近い数値でした。その後のより詳細な研究から、完全肥大型単為結果性にはほかの遺伝子も関与していることが明らかになりつつあります。

表1 単為結果性の遺伝

1997年11月11日にハウス内へ定植した。
期待度数は単為結果性が1つの優性な遺伝子が関係すると仮定した場合を示した。

  また、日本の品種「千両二号」や「中生真黒」は開花した花の多くが石なす果となる(石なす型単為結果性を持つ)のに対し、「Talina」は開花した花の多くが落花するものの、着果した場合は正常に肥大する(正常肥大型単為結果性を持つ)ことが明らかになり、両者を組み合わせることによって着果率が高く、かつそれらが正常に肥大する品種の育成が可能であることが予想されました。

(3)  「あのみのり」の育成
 このように、品種改良の基礎となる研究を実施しつつ育種を継続しました。「中生真黒」と「Talina」及び「Talina」と「なす中間母本農1号」の交雑を行い、その子孫等から選抜し、単為結果性を含む諸形質が優れ、実用的に固定した系統を得ました。これら固定系統間の一代雑種を作出し、形質を評価したところ、種子親「AE-P08」と花粉親「AE-P01」のF1である「ナス安濃交4号」(図2)は高い単為結果性を有し、低温期にも植物ホルモン剤を使用せずに収穫可能であること、果実の諸形質が標準的な市販品種とほぼ同等であることが明らかになりました。2006年に「あのみのり」として命名登録(なす農林交4号)され、同名で品種登録出願公表されました(品種登録出願番号第20113号、2006年12月18日)。


図2「あのみのり」の育成図

3.「あのみのり」の品種特性と普及状況

  「あのみのり」は、花粉が受粉しなくても果実が肥大する単為結果性をもっており(表2)、着果促進処理が不要であること、側枝の伸長がゆるやかで整枝が容易なことから、省力栽培が可能です。果実は長卵形で、1果重は「千両二号」よりもやや重く、果皮の光沢に優れ、外観は良好です(表2、図3)。果肉は緻密で甘みがあり、食味は良好です。なお、一般的な穂木用品種と同様に、青枯病に抵抗性でないため、発病地では抵抗性台木への接ぎ木が必要です。

表2 単為結果性の遺伝

単為結果率 = 正常肥大した果実数/開花前に雄しべまたは雌しべを除き、受粉できないようにした花数
なお、各品種・系統とも5株を供試し、11~12月に各株につき約5花を開花前に雄しべまたは雌しべを除き、受粉できないようにした。



図3 「あのみのり」の収穫果

  国内で初めて育成された単為結果性なす品種は、高知県農業技術センターの松本ら(2005)による「なす高育交10号」(品種名「はつゆめ」)ですが、当品種は高知県内向けのため、全国的な普及が可能な品種として「あのみのり」に大きな期待が寄せられています。「あのみのり」の早期普及に向けた各種試験が山形県、新潟県、埼玉県等で実施され、放任に近い整枝法で好成績が得られています(新潟県農業総合研究所・濱登氏)。山形県では「あのみのり」導入による経済性の試算が行われ、主力品種の「式部」と比べて収量性は劣るが、労力及び資材費を削減できることから、時間当たり所得は高いとの結果が得られています(山崎、2004)。

  2007年12月現在、約2万粒の「あのみのり」種子が野菜茶業研究所から日本各地へ供給され、試作されています。民間種苗会社からの試作種子を含めるとさらに多くが試作されています。群馬県や埼玉県等の半促成栽培地域における試作が多い傾向にあります。

  なお、「あのみのり」種子については、国内の種苗会社から入手可能です。詳細は野菜茶業研究所のホームページをご覧下さい。( http://vegetea.naro.affrc.go.jp/guide/chizai/acquisition_list.html

4.完全種なし雄性不稔性の単為結果性なすの開発

 上述したように、現在、各地で栽培されているなす品種は受粉または植物ホルモン剤処理がなくては肥大せず、収穫することは不可能です。しかしながら、受粉すると果実には種子が形成されるため、食べたときの食感に影響するほか、果実を切断したときに種子周辺から褐変しやすく、これは漬物などでは好ましくない性質で、種なし果実が高品質とされています。一方、有効な花粉が形成されない低温期に植物ホルモン剤を処理すると種子のない果実を収穫することができますが、その処理には多くの労力を要します。

  そこで野菜茶業研究所では、種なしなす果実を植物ホルモン剤の処理することなく周年生産できるよう、単為結果性と雄性不稔性 ※2)を併せ持つ品種の開発に取り組んでいます。そのプロトタイプとして、農林水産省委託プロジェクト研究「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発(加工プロ)」のなかで、「あのみのり」の完全種なし化に取り組んでいます。

  「あのみのり」は単為結果性のため、種なしでも肥大して収穫できますが、普通に花粉が形成される時期、つまり夏などは自分の花粉が受粉して果実中に種子ができることになります。そのときは種なしにならないわけです。そこで、雄性不稔性という性質を加えることによって、1年中、花粉ができない植物にすれば、1年中種なし果実が収穫できるわけです。

  当研究チームでは市販の台木用品種「耐病VF」の細胞質に由来する雄性不稔系統を見出しました(吉田ら、2002)。この系統では花粉がまったく形成されません。その細胞質雄性不稔性系統に「あのみのり」の種子親である「AE-P08」を連続戻し交雑することにより、ほとんどの性質は「AE-P08」ですが雄性不稔性を有する系統を育成します。その雄性不稔性「AE-P08」に、「あのみのり」の花粉親である「AE-P01」を交雑したF1はほとんどの性質が「あのみのり」ですが、雄性不稔性のため花粉が形成されません(図4)。つまり、受粉しないため、常に種なしですが単為結果性を有するため果実は肥大し収穫が可能です。このように、細胞質雄性不稔性を利用した世界初の完全種なしなす品種が育成される日は近いと考えています。


※2)雄性不稔性:花粉側に理由があって不稔(種子ができないこと)になる性質


図4 完全種なしなす、雄性不稔性「あのみのり」の育成模式図

※次号は「4、5月どり寒玉キャベツの品種選定について」を掲載する予定です。

参考文献
松本満夫ら(2005)園学雑., 74別2, 416.
門馬信二(1996)施設園芸, 38, 30-33.
齊藤猛雄ら(2005)野菜茶研集報., 2, 29-35.
齊藤猛雄ら(2007)野菜茶研研報., 6, 1-11.
http://www.vegetea.affrc.go.jp/print/bulletin/6/6_001-011.pdf
山崎紀子(2004)平成16年度東北農業研究成果情報, 19, 144-145.
http://www.affrc.go.jp/ja/db/seika/data_tohoku/h16/yasai/h16yasai18.html
吉田建実ら(1998)園学雑., 67別2, 257.
吉田建実ら(2002)園学雑., 71別2, 360.




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