独立行政法人 国立健康・栄養研究所
食品保健機能プログラム 佐藤(三戸)夏子
国立保健医療科学院 生涯保健部
母子保健室長 瀧本 秀美
葉酸はビタミンB群の水溶性ビタミンである。DNA合成や細胞の分化に関わるため、欠乏すると造血細胞のDNA合成が障害され、巨赤芽球性貧血を生じる。さらに近年の多くの研究により、葉酸が胎児における神経管閉鎖障害のリスク低減や、動脈硬化の発症予防にも関与していることが示され、葉酸栄養の重要性が注目されている。
■葉酸と神経管閉鎖障害
~妊娠の可能性のある女性は、1日400μgの葉酸を摂取することが望ましい~
神経管閉鎖障害とは脳や脊椎の神経管の癒合不全による先天異常であり、妊娠初期の胎児に生じる。癒合不全が脳に生じると無脳症、脊椎に生じると二分脊椎となる1)。
葉酸は図1のように細胞増殖に必要なDNA合成に関与しており、またホモシステインというアミノ酸の一種が蛋白質の合成に必要なメチオニンという必須アミノ酸に変換される過程に必要とされる。
したがって胎児の細胞増殖が盛んな妊娠初期に葉酸が不足すると、神経管閉鎖障害の発症リスクが高まることが示唆されている。国際クリアリングハウスの調べでは、我が国における二分脊椎の発症率は、1974-1978年では出生一万人対1.72であり、欧米諸国と比較すると低率であった。しかしながら、1999-2003年で出生一万人対5.12と増加傾向にあることが示されている2)。
神経管閉鎖障害の発症率が高かった欧米諸国によって葉酸によるリスク低減に関する疫学研究が多く行なわれてきた。その結果、受胎前後における充分な葉酸の摂取により、神経管閉鎖障害の発症リスクが低減することが示された3-7)。1990年代から、欧米諸国で神経管閉鎖障害のリスク低減のためにサプリメントによる葉酸摂取の増加を促す勧告が出され、穀類食品への葉酸添加などの対策も始まった。
英国では1974-1978年には出生一万人対16.18であった二分脊椎の発症率が、1999 -2003年では出生一万人対2.70に低下している。カナダでも、国民が日常的に摂取するシリアルへの葉酸添加により、神経管閉鎖障害の発症率が大幅に減少したことが報告されている8)。また近年の中国南部における研究では、発症率の低い地域においても葉酸によるリスク低減効果が認められることが示された9)。
こうした背景から、日本においても2000年に厚生労働省から葉酸摂取に関する通知が出された。神経管閉鎖障害のリスク低減のために、妊娠を計画している女性、妊娠の可能性のある女性は通常の食事からの摂取に加えて、1日400μgの葉酸を栄養補助食品から摂取することが望ましいと勧告されている。厚生労働省が発表した妊産婦のためのバランスガイドや、2002年からは母子手帳においても葉酸について記載されている。しかしながら神経管閉鎖障害に対する葉酸のリスク低減効果は特に受胎前後の摂取が重要であることから、より若い世代における葉酸の知識の普及も大切であると考えられる。
■日本における葉酸摂取量
葉酸は野菜や柑橘類、豆類に多く含まれる。野菜の中ではほうれんそうやしゅんぎくなど葉物に多い。また豆類では納豆にも葉酸が豊富に含まれている。平成16年度国民健康・栄養調査による日本人の野菜及び葉酸の摂取量を図2に示した。葉酸の摂取量は野菜の摂取量が多い年代ほど多くなっている。健康日本21では野菜の摂取量を350gに増加させることを推奨しているが、野菜の摂取量は年代別で男女とも最も摂取量が多い60-69歳でも、男性で312.4g/日、女性で295.9g/日であった。したがって野菜の摂取量をさらに増やすことにより、葉酸摂取量の増加が期待できる。
葉酸は共通してプテロイルモノグルタミン酸の構造を持つ。食品中の葉酸の大部分はポリグルタミン酸型として存在するが、小腸で消化され、モノグルタミン酸型の葉酸として吸収される。栄養補助食品中の葉酸はプテロイルモノグルタミン酸型で安定性が高く、生体利用率が良いのに対し、食品中の葉酸は調理損失を受けやすく、生体利用率が50%程度であることが報告されている18-20)。諸外国の疫学調査における葉酸のリスク低減に関する報告も葉酸のサプリメントによる効果を示すものが多い。
しかしながら食事からの高葉酸摂取のみで血中葉酸濃度が上昇し21)、神経管閉鎖障害のリスク低減効果も認められたことを示す報告も存在する7)。葉酸の大量摂取による過剰症を考慮し、2005年版日本人の食事摂取基準ではプテロイルモノグルタミン酸としての葉酸の上限摂取量は1000μg/日に設定されている。高容量の葉酸はビタミンB12欠乏を診断しにくくすることも知られており、安易な栄養補助食品の多用による過剰摂取には注意が必要である。
■葉酸とその他の疾患
期待される動脈硬化や乳がんの発症予防、及び認知機能低下の抑制効果
葉酸が不足すると必須アミノ酸のひとつであるメチオニンの代謝に異常が生じ、血中のホモシステイン濃度が上昇する。ホモシステインは血管障害を引き起すため、動脈硬化や虚血性心疾患の原因となることが示唆されている10-12)。
また最近の研究により、葉酸の摂取が多いほど閉経後の乳がんの発症率が低くなることも報告された13)。さらに高ホモシステイン血症や血中葉酸濃度の低下が認知機能低下と関連することも示されている14-17)。したがって葉酸やその他のB群のビタミンの摂取による認知機能低下の抑制効果が期待されており、今後の研究の発展が望まれる。
■おわりに Q1.葉酸とはどんな働きをもつビタミンですか?
野菜などの食品は、葉酸だけでなくその他のビタミンもバランスよく摂取することができる。葉酸は妊娠を計画している女性だけでなく、前述のとおり男女とも幅広い年代において必要な栄養素である。すべての年代層の人々が普段の食事から野菜など葉酸の豊富な食品の摂取を心がけることが大切である。
五訂日本食品標準成分表(科学技術庁資源調査会編)を用い作成
参考
葉酸は、細胞の中でホモシステインというアミノ酸がメチオニンというアミノ酸に変換される反応を、助ける働きをしています。メチオニンは、たんぱく質の合成に必要です。また、細胞増殖に必要なDNAの合成にも必要です。特に妊娠初期は、胎児の細胞増殖が盛んなので、葉酸が大変重要です。
Q2.葉酸はどんな食品に含まれているのでしょう?
葉酸は、ほうれんそうなどの葉ものの野菜や果物、豆類、レバーなどに多く含まれています。
Q3.普段の食事で、どれくらい葉酸がとれますか?
平成10年度の国民栄養調査データから、20~30歳代の女性で1日平均約300マイクログラムの葉酸をとっていることがわかりました。それに対して、野菜類を多くとっている60~70歳代の女性では、1日平均約400マイクログラムとっています。以上の結果から、ふだんから野菜や果物をとることの大切さがうかがえます。
Q4.葉酸をとりすぎると、体にどんな影響がありますか?
現在までのところ、葉酸のとりすぎによる疾患はみられていません。1日に1000マイクログラム以上の葉酸をとると、ビタミンB12欠乏症による「巨赤芽球性貧血」という病気を診断しにくくなることがしられています。しかし、この「巨赤芽球性貧血」は若い人ではめったにみられません。
Q5.神経管閉鎖障害とは、どんな疾患ですか?
神経管閉鎖障害とは、脳や脊髄などの中枢神経系のもと(神経管)が作られる妊娠の4~5週ごろにおこる先天異常です。我が国では、出生した赤ちゃん1万人に対して約6人の割合でみられます。神経管の下部に閉鎖障害が起きた場合、これを「二分脊椎」といいます。二分脊椎の起きた部位では、脊椎の骨が脊髄の神経組織を覆っていないため、神経組織が障害され、下肢の運動障害や膀胱・直腸機能障害がおきることがあります。神経管の上部で閉鎖障害が起きると、脳が形成不全となり、これを「無脳症」といいます。無脳症の場合、流産や死産の割合が高くなります。
Q6.葉酸をとっていれば、神経管閉鎖障害をすべて予防できますか?
すべての神経管閉鎖障害が葉酸の摂取不足だけでおこるわけではありません。ですが、葉酸不足によって引き起こされると考えられる場合、とそれ以外の原因によるものとを見分ける方法は、残念ながらありません。
国立保健医療科学院 「葉酸情報のページ 一般的なQ&Aから」
http://www.niph.go.jp/soshiki/shogai/yousan/Q_A/q_a.html
参考文献