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イタリアの有機農業の現状

株式会社 農林中金総合研究所
特別理事 蔦谷 栄一


はじめに
 イタリアといえば最近はまずスローフードを思い浮かべる人が増えているようだ。某旅行会社がイタリア農業ツアーを企画し30名定員で参加者を募集したところ、応募は順調で定員いっぱいになったとのことであるが、定員30名のうち20名は女性でそのほとんどは食育に関係している人のようだという。イタリア北部のピエモンテ州ブラでスローフード協会が発足したのは1986年であるが、わずか20年でスローフードはすっかり“イタリアの顔”の一つになってしまった感がある。

 そのイタリアは、食の世界ではスローフード、バローロ等のワイン、パルマハム、ジェラート、モツァレラチーズ等々、世界の逸品をいくらでも数えあげることができる。しかしながら、それら農畜産物を生み出しているイタリアの農業についてはほとんど知られることもなく、ましてイタリアが世界有数の有機農業先進国であることについてまず知る人はいない。

 ところでわが国では、昨年(06年)12月に有機農業推進法が成立し、この4月からは農地・水・環境保全向上対策が開始されるなど、やっと本格的な農業環境政策が動き始めたところである。認証されていないものも含めてわが国の有機農産物の全農産物に対する割合は現状0.5%程度にすぎないと見られているが、有機農業大国イタリアで有機農業が発展した理由、有機農業取組の必然性を整理し、あわせてイタリアの農村を歩いて印象に残ったいくつかの野菜に関連した話にも触れてみたい。


(外務省 HPより)

1.有機農業の推移と現状
 表1は、耕地面積に占める有機栽培面積の上位25カ国のランキング表であるが、9位のウルグアイ、14位のオーストラリア、16位のコスタリカ、18位のアルゼンチン、24位のチリの5カ国をのぞく20カ国はヨーロッパ諸国によって占められている。

 そのヨーロッパでも上位に位置しているのは上から順にリヒテンシュタイン、オーストリア、スイスと小国が続いており、4位につけているのがイタリアとなっている。すなわちある程度以上の面積を有している国の中ではイタリアが先頭に立って走っているということができるのである。

 イタリアでは1970年前後から有機農業に対する取組が開始されているが、大きな伸びを示すようになったのは1990年代の後半であり、その推移は図1のとおりである。

 01年をピークに減少に転じているが、これは後でみるように補助金が01年で打ち切られたことが大きく影響したもので、直近では、数値で確認はできていないが、再び増加に転じたという。

 概して有機栽培に取り組んでいる農家は大規模層に多いとともに、比較的若い層での取組みが多いといわれている。

 有機栽培面積の作付け内容をみてみると(表2)、飼料、穀物(飼料用をのぞく)、牧草地の三つで73%と約3分の2を占め、残りはオリーブ、果物(ブドウ等を除く)、ブドウ、柑橘の果樹が18%となっており、野菜は1%を占めるにすぎない。おおむね、南部・島しょ部ではオリーブ、柑橘類等の果樹での取り組みが多く、中北部では飼料作物、穀物等での取組が多くなっている。

 一方、有機食品・農産物の流通をみると(図2)、量販店での取扱シェアが大きく増加し、直売も伸びており、その分小売店の取り扱いが大幅に減少している(06年は予測値)。あわせて生産された有機食品・農産物の約3割は輸出に振り向けられており、輸出志向が強いこともイタリアの特徴といえる。

表1 各国の耕地面積に占める有機農産物作付面積の割合
表2 農産物別有機栽培面積




図1 有機栽培面積推移


図2 流通形態別有機食品・農産物取扱シェア

2.有機農業支援の仕組み
 あらためて述べるまでもないが、イタリアはEUの主要国の一つであり、当然のことながらEU共通政策を基本に農政は展開されている。そしてEUの有機農業基準となっているのが、1991年に域内での有機食品の取扱の統一をはかるために制定されたEU共通規則2092/91である。

 EUの直接支払いと、農業環境政策、環境支払い、有機農業支援の関係・位置づけをみたのが図3で、直接支払いはGAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)の遵守を支払い条件とする単一支払い(価格引下げ補償金、条件不利対策補償金)とGAPを上回る水準の取組に対して支払われる環境支払いとに分けられる。これにその他の農業環境政策推進のための支援が加わって農業環境政策全体が構成されるが、あらためて農業環境政策を整理すれば次の三つに分けられる。第一が、硝酸態窒素指令等の、直接支払いとは別立てとされた農業環境政策である。第二が、単一支払いの条件としてクロス・コンプライアンスされているGAPの基準達成であり、第一次的な農業環境対策としての機能を果たしている。第三が、GAPの基準を上回る取組について交付・支援される環境支払いであり、より高いレベルへの取組を誘導する高次の農業環境対策として機能している。有機農業は最も高次の農業環境対策として環境支払いの中に位置づけられている。

 GAPも環境支払いもEU共通部分と各国規定とに分かれており、基本的に各国、各地域の実情に沿って具体的内容は規定されている。イタリアでは土壌浸食防止、土壌有機質維持、景観要素・生物生息域の保護等にかかるGAPの規定や、環境支払いの給付対象となる営農行為や対象地域に関する規定は各州がその実態・実情に合わせて設けている。


図3 農業環境政策、直接支払い、環境支払いの関係


シチリアの社会的協同組合
カーサ・ディ・ジョバーニの有機農場

 こうした規定に加えてイタリアの有機農業の伸びを支えてきたのが、97年から5年間にわたるEUによる別途支援で、島しょ部への支援額が厚くなるように設計されていたことから、特にシチリア、サルデニアでの増加が顕著であり、01年の支援打ち切りとともに減少に転じたものである。

 環境支払い、有機農業支援の金額は小さいが、GAPがクロス・コンプライアンスされている単一支払いの金額が大きい。EU全体では所得の30%弱を直接支払いが占めているが、直接支払いによって経営が成り立っているとともに、GAPが農業環境レベルを底上げする中で、環境支払いがより高次の取り組みを誘導しているといえる。

 なお、有機農業ではなく、IPM(Integrated Pest Management:総合的病害虫管理)に類似したエココンパティビレの推進に注力している州もあり、イタリア全体としては有機農業とエココンパティビレのダブルスタンダードで環境保全型農業が推進されている。

3.有機農業取り組みの必然性
 有機農業はヨーロッパで取り組みが最も盛んであるが、あらためて政策支援も含めてヨーロッパで有機農業が進展してきた理由を整理すれば次の通りとなる※1)。

(1)
国民の環境に対する意識がきわめて強く、農業が環境にやさしい面と負荷を与える面との二面性を有していることについての理解が浸透している。
(2)
食料品の安全性についての関心が高く、特にBSE、口蹄疫、O-157、鳥インフルエンザ等の問題が発生して以来、関心は急速に高まっている。
(3)
EU、各国の政策の中で、環境なり農業の位置づけが明確化されている。これを推進していくための実行措置として助成制度が確立されている。
(4)
流通体制が整備されているとともに、研究・指導体制等も確立している。
(5)
気候風土が冷涼・乾燥しており、病害虫が発生しにくい。

 いずれの進展要因もイタリアにも共通するが、これらに加えてイタリア独自の要因として、第一にイタリアの1戸当り平均耕地面積(02年)は5.1haとEU(15カ国)平均の12.6haを下回っており、相対的に農産物の価格競争力は弱いことから有機農業を含めた品質の差別化志向が強い、第二に第一とも関連するが、地域へのこだわり、愛着が強く、アグリツーリズモと並んで有機農業が地域農業を維持していくための重要な手段として活用されている、第三に個性的で独自の哲学を持った生産者が多く、有機農業の持つ自然循環機能、持続性、環境負荷低減等機能に共感を持ちやすいこと、などをあげることができる※2)。

※1)「海外における有機農業の取組動向と実情」蔦谷(2003)(筑波書房)19、20頁
※2)詳細については「オーガニックなイタリア農村見聞録蔦谷(2006)」(家の光)を参照。


4.野菜をめぐる話
 野菜の生産・流通等について体系だった調査は行っていないが、イタリア各地を回る中で関連して特に印象に残ったことを二つほど記しておきたい。

 一つが在来種への強烈なこだわりである。野菜は勿論であるが、果樹、畜産も含めてこだわりは強い。イタリアの国土は南北に長く、脊梁山脈であるアペニン山脈が走り、わが国と比較的似た地理的条件を有しているが、これに都市国家ポリス以来の小国家分立の歴史的背景をも含めて実に地域性が強くかつ多様である。そうした中でマンマの味を最高とする国民性が、おのずと地場の伝統野菜を育ててきたわけで、在来種でなくてはマンマの味は守れないということなのであろう。

 二つめは、野菜はあちこちの路地やファーマーズマーケット等で生産者が直接販売するものが多い。だが、たまたま訪れたピエモンテ州のカナーレという町の青果物市場は、生産者がその日にとれた野菜を持ち込み、夕方5時15分から取引を開始するが、はじめの15分間は小売店やレストラン等の業者だけが取引可能で、それ以降は参加者がフリーとなる。市場に参加できる生産者や消費者に制約はなく、業者も資格のようなものは要求されていない。取引は対面販売で、「顔と顔の見える関係」を超えて「対話できる関係」のもとで行われている。

 こうした仕組みの市場は全国にいくつか存在しているとのことで、まさに市場が地産地消のセンターであると同時に、地域コミュニケーションの“へそ”としての役割を果たしているのである。



ピエモンテ州のカッシナ・デル・コルナーレ農協の
有機野菜販売コーナー

ピエモンテ州カナーレの青果物市場の様子



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