流通ジャーナリスト 小林 彰一
主要野菜における加工・業務用需要の割合は55%。同需要のうち輸入品が32%もあるという試算が明らかになった。国は、加工・業務仕向けの野菜生産・販売面の振興に力を入れつつあるが、それは単純な自給率向上といった側面だけでなく、日本の農業基盤の安定にとって、重要な分野だという認識が前提にあるからだ。
しかしながら、加工・業務用需要対応は、一般の家庭用需要と異なり、従来の市場出荷を基本とした販売戦略とは大きく趣を異にしている。市場対応なら許されてきた、分荷や出荷調整によって「有利販売」を実現するという手法は通用しない。「定時・定量・定価格」が原則であり、契約取引、契約栽培、受注生産という手法を中心にして対応していかない限り、安定的な生産維持、産地拡大が実現しないのである。
もちろん、規格品は市場出荷し、規格外品を加工・業務仕向けに、といった産地側に都合のいい仕分けも通用しない。生産面での特化、専作グループの形成、営業と提案、調整など、いままで経験しなかった新たなサプライ・チェーンシステムも要求される。
◆「加工・業務用を国産で」の共通認識はあるが
農林水産政策研究所の主要野菜の用途別需要試算では、ばれいしょを除く指定野菜13品目でみると、2005年度の加工・業務用需要の割合は55%に達した。これは15年前に比べ4ポイントの増加だが、キャベツ、はくさい、にんじんなど、品目によっては6割を超えているものもあり、いかに家庭用の消費が減少し、代わって加工・業務用需要が増加しているかが分かる。
また、この需要に対する輸入品の占める割合が32%にまで拡大した、というショッキングな事態も報告された。これは15年前に比べると、なんと20ポイントもの増加だというのだ。同調査でいう15年前とは1990年、バブル経済崩壊の直前の時期。じつは、このころからすでに「中・外食産業の市場規模が増加し、内食の割合が減ってきた」といわれていたのだから、さらに大きく需要構造が変わってきたことになる。しかも、その需要は輸入品に侵食されている、というのも大きな特徴だ。「国内の生産態勢が現状のままであれば、加工・業務用需要は輸入の独壇場になりかねない」という、国内生産業界の危機感が伝わってくるようだ。
こうした事態を受けて、いま農畜産振興機構が主催する加工・業務用需要に取り組み始めた産地と実需者の交流会を始め、各農政局単位での加工・業務野菜セミナーや、講演会、研修会が盛んに開催され、市場業界などの流通関連業界でも加工・業務用への対応に力を入れている。産地、JAなどでは加工・業務用野菜生産を集落営農の核として位置づけ導入を図る、あるいは県レベルでは業務用野菜を農業振興方針の一環として盛り込み、振興計画を策定する、といった動きを生んでおり、一方、流通業界では、取り扱い手数料自由化を2年後に控えた青果卸売会社などは、加工・業務用需要者に対する取引の強化、例えば、「契約取引」を現行の5%程度から20%くらいに、「予約相対取引」を現行20%から40%程度に拡大する、といった、思い切った取引形態改革を公言する企業も出てきた。
◆「加工・業務用野菜」には独特の特徴が
こうした一連の「加工・業務用野菜」対策をみてくると、共通して指摘される重要事項があることに気がつく。それを整理すると以下のようになる。
1 仕入れの中心は卸売市場など既存の流通業者から
(1)品揃えと数量の確保が大前提である
(2)単価よりは、数量確保が先決である
(3)そのため輸入品や加工品などを多用する傾向が強い
(4)納入業者やベンダーなど仲介業者を経由して納入され、これら仲介業者が品揃えや単価、数量を確保する調整役
(5)市場(卸売会社や仲卸業者)から仕入れる割合は31.5%。小売店や仕入業者から63.8%(外食産業の場合)
2 産地との直接契約はあまりメリットがない思っている
(1)マクロで見ると、産地からの直接仕入は4.7%(外食産業)
(2)産直仕入れする場合、仲介する業者に依頼するか要求する形で
(3)「販売リスク」のために、販売の増減コントロールが関心事項
(4)原材料の納入価格上下、数量の増減という「仕入リスク」は回避
(5)ただし「食品製造業」(加工業)では、産地からの仕入れ率は64.5%
3 求める等階級など規格が異なる
(1)企業、業態によって必要な等階級は異なり、標準規格はあまりない
(2)格外品、スソ物などが使える場合はごく少ない
(3)完全な成品を効率よく使う、必要な規格を必要なだけほしいという需要
(4)基本的に「受注生産」で対応
4 周年商品(グランドメニュー)と季節商品(限定メニュー)
(1)グランドメニューには、産地リレー、ベンダー介在が大前提である
(2)一部メニューに、季節限定、産地限定、こだわり栽培品、地産地消食材などを使いたい意向はある
(3)その場合も、ベンダーの介在は必要
(4)国内産地や輸入品が、新たな商材を営業する場合は、まずメニューを売り込むことが先決で、それに伴って商品が供給されるという構造になっている
こうした事項のうち、とりわけ産地側が疑問に思うことは、「なぜ産直対応が少ないのか」という点ではないだろうか。
産直をしない理由は明確だ。加工・業務用需要者は、日々、「販売リスク」(売れるか売れないか)を負っているために、販売の増減のコントロールが経営の関心事項である。したがって、原材料の仕入れ価格が上下する、数量の増減がある、という「仕入リスク」は自らは負いたがらない。だから、需要者側に「定時・定量・定価格」で納入する中間調整機能が介在する必要があるのだ。
◆ある小ねぎ産地の失敗から見えること
中間業者の機能を、産地側からみるとどうなるか。九州のある小ねぎ産地の事例を通してみてみよう。
小ねぎの生産者は専作農家と一般農家10名で約2ヘクタール。年3~4回転生産する、周年業務用ねぎの産地づくりを目指した事例である。小ねぎの大型産地のある九州地区にあって、他産地のものより香りが強いことが特徴の品種を選定して、差別化を図って売り込んだ。
販売先はいずれも関東地区で2社。A社はファミリーレストランや中華店チェーン、居酒屋などに対して野菜を納入する流通業者、B社は関東圏の病院給食を主体にする野菜専門仲卸業者だ。
販売条件は、2社合計で週3回の納入、各180ケース(1ケース=100g×30束)だから週1,620キロ、月間約6.5トンの数量になる。A社の場合は洗浄・調製したものをそのまま1ケース分(3kg)鮮度保持袋包装してダンボール荷姿。これが1ケース1950円(100g1束65円見当)で販売。B社に対しては、100g束にして個包装(同じく鮮度保持袋)して1束80円という単価だ。ちなみに1束当たり、運賃4円のほか、包装資材代や産地側のとりまとめ業者の手数料を引いて(結束の場合は15円の調製料も)、生産者手取りは55円という単価になる。
一見安いようにみえるが、年間販売契約しているために単価は固定しているから、これが周年にわたって継続されれば、この10人で手取り総額は約4300万円。平均20アールで430万円の小ねぎ販売なら、結局は“有利販売”と考えていい。
3年を経過した現在、この10人の産地は3人に減った。現在も継続している納入量は1回当たり42ケース、月間1.5トンという規模に大幅縮小してしまっている。
この産地の失敗は、周年供給を条件としていながら、6月から8月の高温期に天候の影響を受けて、1回180ケースのところ40~50ケースしか出せないことが何回もあったためだ。
A社は需要者が多いことから月間約20トンもの小ねぎを納入している。だから契約産地は他に2ヶ所あり、数量減を他の産地で補完できた。が、産地は厳重注意を受け、契約数量を減らされた。一方、B社の病院給食への納入は100ヶ所近いが、小ねぎは1日10ケースもあれば十分。しかし欠品は絶対に許されない。従来は市場の卸売会社から仕入れていたが、産地が差別化商品の小ねぎを売り込んできたため、全量をこのねぎに切り替えた。だから、この“契約違反”によって取引きはキャンセルされたのだ。
従来の市場出荷では日常的な数量の増減も、こと業務用需要との契約ではこれだけ厳しい。この産地はいま、もういちど建て直しを図って再度需要開発に臨もうとしているが、リーダーはしみじみ語る。「契約するのは、生産能力の50%までに抑えておき、残りを市場出荷するなどで予備の面積、と考えることにした。」
すでにお気づきだろうが、この“厳しさ”とは、中間業者がどれだけ安定した納入のために苦心しているかの裏返しなのである。
◆どっこい、国産対応できる冷凍ほうれんそう
加工用野菜は、外食店など業務用需要よりさらに「定時・定量・定価格」への要求が強い。かつては「きゅうりの古漬け」用のきゅうり原料を、市場出荷で余った分を業者がいくらでも引き受けてくれる時代もあった。そのために、依然として産地には加工用は格外品で充分、といった感覚も残っているが、そんな意識が加工用原料の海外調達を促進してしまったといえる。加工品はいまや、工業製品と同様に厳密なコスト計算と計画生産によって製造されているからだ。
そのために、コストの安い加工用野菜は国産対応では無理、その分野は輸入品に任せるしかない、というあきらめムードが蔓延している感がある。たしかに、安価で販売されている冷凍品の総菜など調理品を国産対応するのは難しいとしても、個々の品目を検証していくと例外はある。例えば冷凍ほうれんそうである。
冷凍ほうれんそうといえば中国産など輸入品、というイメージが強いのだが、しかしいまや冷凍ほうれんそうの国内需要の半分程度を国産が担っているのだ。中国産の残留農薬問題が発生した2001年以降、中国産のほうれんそうの輸入量は、03年には最も多かった01年の6分の1近くまで落ち込んだ。その後、04年の輸入量は1万5千トン、さらに05年には2万トンを超える回復ぶりを見せたものの、01年が5万トン台に達していたことを考えると、まだ4割程度の回復にすぎない。
一方で、冷凍ほうれんそうの需要は業務用を中心に、家庭用でも引き合いは強く、依然変わらない人気だ。となると、いまや需要の半分以上は国産で賄っているという計算になるのである。
残留農薬問題が、一気に国産比率を上げた。例えば、生協関係では全量が国産に切り替わったし、こうした需要増を受けて、国内生産も増えている。宮崎県の場合、もともと冷凍品向けのほうれんそう生産が多かったこともあって、02年以降、年々増加し、05年の出荷量は中国産残留農業問題浮上前の3倍にまで膨らんだというし、各地で冷凍用品種の導入による生産も拡大中だ。
国産はコスト的に輸入品にかなわない、といわれてきた冷凍ほうれんそうも、現在、国内における一般的な原価は、1キロ100~110円。11月から3月ごろの低温期に中心に集中的に生産するが、10a当たり3トン程度収穫するのが目安といわれているから、生産者手取りは30万円近い。
収穫作業もコンテナを圃場に持ち込み、30~50cm程度にカットしたものをそのまま入れて指定場所に持ち込むだけ、という効率。高齢者でも女性でもできて、その割には手取りがいい。
肝心の小売価格にしても、この原価であっても例えば250g入りで298円売りが可能だという。生鮮ほうれんそうの3把分は十分にあるから、消費者からすると決して高くないのだ。
千葉県で約35haの契約産地と自前の加工場を持つ農業法人の場合、生産ラインは日量10トン程度まで8人で済むため、さらにコスト削減は可能で、ほうれんそうの生産面でも効率化すると、キロ70円まで落とせる、といい、「そうなると、人海戦術の中国産とほぼ同額で競争できる」と試算している例もある。
価格にシビアだといわれる業務用需要も、輸入品の残留農薬問題を契機に、国産の冷凍品を使用することを前提に、メニューをリニューアルしたり、レストランとしてのコンセプトを見直したりする動きを誘発している。健康志向を前面に出したロイヤルホストや、メニューの見直しをしたジョナサンなどがその代表例だが、原材料は価格と品質さえ決まっていれば、メニュー原価が確定するため、国産の冷凍ほうれんそうの需要はこれからも揺るがないだろう。
◆おわりに
加工・業務用分野の野菜は現在、かなりの部分を輸入に依存しており、農業者自身も原材料野菜に関しては国産が駆逐されてしまうのではないか、という恐れを抱いている。しかし、こうした需要者は例外なく、「国産が万全に対応してくれるなら、輸入品を使う理由がない」と明言する。
肝心なのは、野菜生産者は身近な、あるいは接触する機会がある需要者とまず交流を図り、ひとつひとつ出来ることから始めてみるという態度である。市場出荷に比べて融通が利かない、という発想をするのではなく、加工・業務用需要者は、自らのニーズと要求を明確に持っているのだから、生産者としての目標と責任も同様に明確に呈示されることのメリットを考えたい。
野菜自給率の向上は、マクロで考える事項ではない。個々の対応がひとつひとつクリアされ、そんな取り組み事例の積み重ねと累積が自給率という数字になってくるのである。