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「ブランド・ニッポン」開発品種(3) 柔らかくて美味しい根深ねぎ「湘南一本」

神奈川県農業技術センター
野菜作物研究部 河田隆弘


・山と積まれたねぎの前で
 ブランド・ニッポンの研究が始まった2001年12月、横浜市中区の産業貿易センターで開催された「食のフォーラム」の会場に集まったたくさんのお客さんが神奈川県の展示スペースで目にしたものは、山と積まれた食味アンケート調査用のねぎ、ねぎ、ねぎ。アンケートの内容はとても簡単で、浅茹でしたねぎを2つ食べ比べて、どちらか好きな方を選んでもらうというもの。選んだねぎはその場で1本お持ち帰りということにしましたが、皆さん真剣に取り組んでいました。アンケートに答えた181名の、「そのねぎを選んだ理由」を表1に示します。

 このとき比べた品種は「宏太郎」。当時、中国から輸入されていた主要なねぎ品種です。軟白した葉鞘の甘みが特徴で、かなりの強敵でした。これを迎え打ったねぎが、後の「湘南一本」になる育成途上の系統「NS01」です。

 結果を見ていただければ明らかなように、柔らかいと言って下さる方が「NS01」に多いのがおわかりいただけると思います。これが「湘南一本」の最大の特徴であり、美味しさのもととなる特性なのです。

表1 湯通しねぎの食味試験結果

・「湘南」ねぎをご存じですか
 湘南で育った湘南ねぎは根深ねぎの育成品種「湘南」をベースに産地化しました。1960年、当時二宮町にあった神奈川県園芸試験場より発表され、以来、1980年代前半まで地元でも盛んに栽培され、県の主力品種となっていました。

 埼玉県の深谷など関東近県から集めた在来品種から生産性の高い個体を選び、県内葉山町の在来品種のなかに伸びの良い、一本立ち性のねぎがあったので、これを交配して生育のよい性質が加えられました。こうしてできあがった「湘南」は、柔らかくて美味しいねぎとして評価されてきましたが、生産の機械化とともに、葉折れが多いなどの理由から、葉がかたくて作りやすい市販品種に乗り換える生産者が多くなりました。

・美味しいねぎ復活の条件を探る
 「湘南」ねぎの改良には、幾つかの戦略がありました。一つは、交配によらない個体選抜による改良です。「湘南」が持っている多様な性質の中から、目的にあった個体だけを選ぶことにより、新しい特性を持ったグループに作り変えていこうとする手法です。これにより、短期間に成果を出すことが可能になります。また、近交弱勢を避けるため、選抜ではできるだけ多くの株を残すようにしました。この作業には、以下の育種目標を念頭におきました。

(1)葉身分岐の間隔が長い
(2)葉身が硬く、真直ぐで細長い
(3)首締まりが良い
(4)収量性が高い
(5)食味が良い

 上記の(1)は秋口の首伸びの良さを示し、早期からの出荷をねらったものです。(2)は結果的に葉折れしにくいものを選ぶことになりますが、軟白部の柔らかさと矛盾しない条件として重要です。(3)により機械化に向かない欠点を克服することができます。(4)は当たり前です。(5)は実際の販売を通じた消費者の反応も参考にしました。

 このような選抜を1996年まで続けましたが、次第に分げつによる葉鞘の不整形(いわゆる「だきねぎ」)が増加したため、1997年からは分げつの少ない個体を選抜する方向でさらに育成を進めました。

・ブランドニッポンの品種へ
 ブランドニッポンの事業が始まった2001年には最初にご紹介した「NS01」がすでに選抜されていましたので、育種のスピードをあげるため、まず「NS01」の仕上がり具合を検証することにしました。2001年の特性検定試験では、さきほどの食味アンケート調査でも使用した「宏太郎」と親品種の「湘南」を対照品種として用いました。2001年4月9日には種、慣行に従って育苗後、8月1日に畦間90cm、株間は農家の慣行に従い3cmで定植し、その他の栽培管理は当所慣行に準じました。

 その結果、10月下旬には「NS01」の葉折れ程度は、「湘南」と比較して明らかに軽減されていました。さらに、霜が降ったあとの12月下旬になると、「宏太郎」と比較して、葉数、草丈、葉身の形状、土付きと剥きねぎでの葉鞘の太さに差が認められました。特に、葉鞘は「宏太郎」より長く、葉折れと首締まりの悪さは顕著に軽減されていました。しかし、分げつ性については、「湘南」とは同等、「宏太郎」よりは高いことがわかりました。同時に行ったアンケート調査で、軟らかな食味がそのまま維持されていることが評価されましたので、次のステップとして、分げつの軽減という新たな問題に取り組むことにしました。

・「湘南」から「湘南一本」へ
 2002年2月、「NS01」の約4,000株から400株を選抜しました。このとき注目したのが分げつ性というねぎの特性で、株もとから2~3株に株分かれする性質です。これは、剥きねぎにしたときに軟白部が扁平になるなど品質の低下を引き起こすことから、これを一本立ち性に改良していく必要がありました。そこで、選抜のときには、分げつの痕跡が見られず、首締まりの良い個体を選びました。ただし、選抜に伴う食味の低下を避けるため、しぼり込みは10分の1程度にとどめました。このように選抜した400株を網室に移植し、同年5月に選抜個体群内で毛ばたきを用いた集団交雑による系統採種を行いました。この系統について2002年度に再度特性検定を実施したところ、実用性ありと判断されましたので、2004年に育成を完了し、名称を「湘南一本」として発表しました。


図1 調製された「湘南一本」

・生育・形態的特性
 「湘南一本」を、農林水産省が品種登録審査のために定めた「ねぎ品種特性分類評価基準」によって評価すると、草姿は半開、草丈は中~高、葉数は中~多、葉折れは中、葉鞘部の長さは中、太さは中、しまりは軟
~中、硬さは中~やや硬、葉身分岐・間隔は中~長、葉身分岐・しまりは中、分げつ数は中、抽台の早晩性は中、耐寒性は中~強、耐暑性は中となります。特に対照品種とした「石倉」と比較して、葉折れは少なく、葉鞘部は長く、葉鞘部は軟らかく、葉鞘分岐・間隔が長い(首伸びが良い)など優良な特性が認められました。

・栽培特性
 2003年に実施した「湘南一本」の特性検定試験の結果を表2に示します。栽培は2003年3月24日には種、8月4日に株間3cmで定植しました。その結果、12月下旬には、「湘南一本」は「湘南」より葉鞘部の長さはやや短く、「石倉」とは同程度となりましたが、2月中旬になると、いずれの対照品種より長くなり、「湘南一本」は厳寒期の葉鞘部の伸長が良好であることが示されました。分げつについては選抜効果が認められ、収穫期を通じて分げつ株率は10%前後と少なくなりました。なお、抽台性については「湘南」と変わらないことから、収穫は2月末が限界と考えられました。

表2 収量と収穫物の特性(2004年2月)

収量は畦1m分の収穫物×3反復の、他はうね1mより3分の1を抽出した。

・作りやすさを客観的に証明
 葉折れについては,図2に示すように、「湘南一本」は「湘南」に比べ外観上、顕著に軽減されていることが確認されました。この葉折れの軽減化を数値的に評価するため、葉数に対する折れ葉数を調査しました。その結果、「湘南」の41%に対して「湘南一本」は26%と、明らかに葉折れが軽減されていることが数量的にも確認されました。

葉折れ率 41%
26%

「湘南」
「湘南一本」
図2 草姿(2004年2月撮影)

・美味しさを科学的に証明
 2004年11月上旬に検定で栽培した「湘南一本」、対照品種として「湘南」、「西田」および「冬扇2号」の葉鞘部の硬度を測定機を用いて調査しました。
 硬度測定には平均的な太さの個体を各反復区から7株づつランダムに採取し、葉鞘中央部の外側から破断強度をレオメーター(RT-2010J-CW,RHEOTECH,プランジャーφ3.3mm,テーブルスピード6cm・min-1)で測定しました。その結果、「湘南一本」は親品種の「湘南」とは同等でしたが、対照品種より低い破断強度を示し、より軟らかいことが明らかになりました(図3)。


図3 剥きねぎ生鮮品における葉鞘部
破断強度の品種間差

・本品種の利用について
 「湘南一本」は,市販品種に比べ柔らかな食感を有していることから、良食味品種として直売等での差別化販売に適します。また、耐寒性に優れ、秋口から生育は旺盛になると同時に、抽台は比較的遅いため、7月末から翌年の2月まで長期にわたる供給が可能です。また、剥きねぎ用の栽培では、株間を3cm程度に狭めれば分げつを効果的に抑えることができ、外観品質が向上します。

・おわりに
 海外からの野菜輸入が増加し、国内野菜の生産には、より個性化が必要になってきました。地域の在来品種や伝統野菜の見直しなどが各地域で真剣に取り組まれるなか、このような分野にも育種技術が役立つと考えています。

※ 次号では、「短節間性かぼちゃ」を取り上げる予定です。



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