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「ブランド・ニッポン」開発品種(2) カラフルポテト次世代  

北海道農業研究センター
バレイショ栽培技術研究チーム長 森 元幸


1.消費者が手に取ってくれること
 黄色が濃い肉質のジャガイモは美味しそう。赤い肉色も変わっているね。紫だったらちょっと気持ち悪い。これが多く方の反応です。シンポジウムや各種の農業フェアーで並んでいたら、多くの人が興味を持って足を止め、時には手に取って眺めてくれます。

 さて日本人のジャガイモ消費量は、一人年間17kg前後です。この数字は消費量を生いもで換算しており、スナック類、市販弁当や総菜、外食も含まれています。また内閣府の家計調査によれば生いもを家庭で購入する数量は、一人当たりに換算して4kg弱であり、2つの統計から家庭外での調理品や加工製品を購入するのが消費の主力と判ります。

 ところで食習慣は保守的であり、日々の食事では自分の知るモノをより好んで食べ、あえて知らないモノに挑戦しません。実際は家庭で調理をしていないのに、自分の知る「丸ければ男爵薯、長ければメークイン」の表示に安心感を持つようです。どの様にして、消費者に新品種を売り込んで消費を活性化するか、そのためにはまず既成概念を壊す必要があります。保守的な食習慣に挑戦するために、消費者の「感性」に訴え、「気持ち悪い」と云わせても「手に取らせる」ことの挑戦をしています。18年度、新たに次世代ともいえるカラフルポテト3品種を命名登録したので、これまでの品種とあわせてご紹介します。


2.アントシアニン色素含有品種の育成
 一般に栽培されるジャガイモは、4倍体普通栽培種Solanum tuberosum ssp. tuberosumに属し、いもの肉部は白~淡黄色です。ところが原産地である南米アンデス地域には、アントシアニンで赤~紫色に着色した近縁栽培種が存在し、原住民を中心に栽培されています。この祖先型亜種S.tuberosum ssp.andigenaの雑種を遺伝資源として交配することにより、赤肉品種「インカレッド」および紫肉品種「インカパープル」を育成しました。両品種は民間との交流共同研究により育成した品種であり、平成14年に命名登録された日本ではじめてのカラフルポテトです(表1)。

表1 ジャガイモ赤紫肉色品種の主な特性(2002~2005年の平均)

 第一世代のカラフルポテトは商品としての魅力は十分に備えていましたが、残念ながら作物としての総合的な実用性は一般品種に比べ劣っていました。熟期が遅く地上部ばかり伸びていもの肥大が悪かったり、シスト線虫抵抗性など耐病虫性が不十分だったのです。栽培が難しいため通常の販売価格では採算が悪く、契約栽培による収入保証など特別な扱いが必要でした。このような欠点の改良が不可欠であり、また食品加工現場からは、さらなる高色素含量品種を求められており、これらの要望に応えるべく研究を続けた結果、次のような次世代の品種を育成することができました(図1、表1)。


ノーザンルビー
シャドークイーン
インカのひとみ

1)「キタムラサキ」
 平成16年に命名登録しました。アントシアニン色素を(主成分ペタニン)生いも1g当たり約2.7g含有し、肉部が紫色です。水煮したときの黒変や煮くずれは少ないですが、油加工適性はやや劣ります。いもは大きく多収で、目が浅いため剥皮歩留りが高く、内部異常はほとんどありません。「インカパープル」に比べ茎長が短く、いもの肥大はじめが早いので栽培管理しやすい上、シスト線虫抵抗性があるため、同虫の汚染地での栽培が可能です。


キタムラサキ

2)「ノーザンルビー」
 「インカレッド」の肉色に比べ切断面全体が赤色で色むらが無く、アントシアニン色素(主成分ペラニン)を生いも1g当たり約2.0mg含有します。「インカレッド」に比べ、でん粉価が高く、16%程度と適正であるため加工時の歩留りが良く、調理加工適性も改善されています。さらに「男爵薯」並の収量で、平均1個重は大きく、内部異常が少ない上、熟期は「インカレッド」に比べて早く、茎が短く直立するため、栽培管理がしやすく、シスト線虫抵抗性もあります。

3)「シャドークイーン」
 「キタムラサキ」より濃い紫肉をしており、アントシアニン色素(主成分ペタニン)の含量は約3倍に相当します。収量は「インカパープル」に比べると多いですが、「キタムラサキ」には劣ります。内部異常が無く、「キタムラサキ」に比べ食味が良く、ポテトチップやフライにしたときの褐変は少なく、品質が優れます。ただしシスト線虫抵抗性がないため、汚染地での栽培は避けることが望まれます。


3.橙黄肉色2倍体小粒品種の育成
 小粒で肉部が橙黄色の「インカのめざめ」は、平成14年に命名登録された日本ではじめての2倍体品種です(表2)。「男爵薯」のような4倍体普通栽培種とは異なり、2倍体栽培種Solanum phurejaに由来します。原産地の南米アンデス高地には、日常に主食とするジャガイモの他に「ハレの日」に食べる特別な種類があり、普通のいもに比べ小粒ですが高値で取引されています。変異に富む2倍体小粒種を日本のような長日条件でも栽培できるように改良した個性的な品種は、近年人気の出ている家庭菜園に適しており、消費者自らが興味を持って栽培することが、ジャガイモ消費全体の拡大につながると期待しています。

 「インカのひとみ」は、「インカのめざめ」の後代から育成され、赤色皮で目周囲だけ黄色いパンダ模様という奇抜な外観をしています(図1、表2)。親品種と同様に内部は橙黄肉色でカロテノイド系色素の含量が高く、肉質が滑らかで独特のナッツフレーバーがあります。さらに2~4℃で低温貯蔵をすると、普通品種は還元糖(ブドウ糖など)が増加するのに対し、ショ糖が生いも1g当たり10mg以上まで増加し、明らかな甘みを感じます。「インカのめざめ」に比べ、熟性が中早生であるため、いもの1個重がやや大きく、多収です。ただし、いもの休眠時間が短いため貯蔵性が劣り、シスト線虫抵抗性もないなどの欠点もあります。

表2 ジャガイモ橙黄肉色品種の主な特性(2002~2005年の平均)


4.利用特性と機能性
 ジャガイモアントシアニン色素の耐熱性は、有色サツマイモや赤キャベツの色素よりは劣ります。水煮にしたり蒸したりすると赤~紫色は色調がくすみ、特に紫系は顕著に退色します。ただし、放冷するともとに戻るため、冷めた状態で利用する料理では利用可能です。また、油を用いたフライ調理では赤色や紫色が鮮明に残り、温度に関わらず色鮮やかな調理品を得ることができ、特に水分が少ない状態では発色がより安定します。一方、カロチノイド系の黄色は、どの様な調理でも安定した色調を示し、彩りの優れた調理品が得られます。


図2 ジャガイモアントシアニン色素の抗
インフルエンザ活性(林ら、2003)
IC50:ウイルスの増殖を50%阻害する濃度

 脂質の過酸化反応は老化や様々な疾病を引き起こすと考えられており、ジャガイモアントシアンはこの過酸化反応を抑制し、活性酸素を消去する機能や紫外線防御効果などが認められています。また黄肉品種がもつカロテノイド系色素も同様に抗酸化性を示し、加齢性黄斑変性症や白内障を予防する効果が認められています。
 また、色素の一般的な機能性ではなく、ジャガイモならではの機能性を確認しました。インフルエンザウイルスの増殖を抑制する効果が非常に大きいということで(図2)、この抗活性はエルダーベリーおよび中国黒竜江省の黒加倫に認められますが、他の植物由来のアントシアニンでは知られていません。さらに、お茶の渋み成分のカテキンにガン細胞をアポトーシスに導き死滅させる効果があることは世界中に認められていますが、同様にジャガイモアントシアニン色素にも高いアポトーシス誘導の効果が認められ、ヒトの胃ガン細胞の増殖を抑制できます(図3)。


対照
インカレッド粗色素
(2.5mg/ml)添加


5.世界を一歩リード
 8月下旬にアメリカ合衆国アイダホ州で世界馬鈴薯会議(World Potato Congress)2006が開催され、世界中から研究者と技術者、農業経営者、企業関係者など約800人が参加しました。この中で育種セッションの半分以上は、カラフルポテト絡みの議論でした。

 世界的に知られた育種研究者が主テーマとしてカラフルポテトを取り上げることは、嬉しくもあり恐ろしくもありで、日本の品種レベルは1歩先を行っていると確信しました。世界に先んじた品種を利用して日本独自のジャガイモ消費が発展し、国産振興がなされると期待し、またこの機を逃してはならないと考えます。

※ 次号では、「湘南ねぎ」を取り上げる予定です。

※1)命名登録:国が育成したすぐれた新品種を「農林〇〇号」という番号を与えて登録する制度。
※2)4倍体(2倍体):ヒトを含む動物の遺伝子は、通常2組のゲノムをもっており、これを2倍体という。高等植物には4組、6組のゲノムをもっているものが多く、これを4倍体、6倍体といい、2倍体よりも植物体が大きくなる等の利点をもつ場合が多い。ただし2倍体の方が育種の効率が上がりやすい。
※3)近縁栽培種:分類上別個の種であるが、血縁度が高い種のことを近縁種といい、そのうちの栽培に用いられているものをいう。(近縁野生種というのも存在する)

※4)シスト線虫:ジャガイモの典型的な害虫であるが、農薬を用いなくても遺伝的にこの線虫に強いジャガイモもあり、これを抵抗性という。

※5)エルダーベリー:アメリカニワトコ、英名 elderberry、学名 Sambucus canadensis、北米原産のスイカズラ科ニワトコ属の低木。食用になる紫から黒色をした甘酸っぱい実。
※6)黒加倫:クロフサスグリ、英名 black currant、学名 Ribes grossularia、ユキノシタ科スグリ属の落葉小深木。果実は黒紫色をしており、ジャムやジュースの製造も可能。
※7)アポトーシス:細胞が生物全体を良い状態に保つため、積極的に引き起こす自らの死滅のこと。



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