らでぃっしゅぼーや「キッズ・キッチン」(青葉台スタジオ)運営
NPO法人「野菜と文化のフォーラム」理事
食生活ジャーナリストの会会員
脇 ひでみ
野菜を好きになるような食環境に
教室では、「私たちの体に合った食生活・食習慣を身につける手助けをする」「食べることが好きで楽しめる子を育む」ことを目標に、次の5つの能力を育てたいと考えている。
1.食べものを選ぶ力
2.元気な体がわかる力
3.料理できる力
4.食べものの育ちがわかる力
5.味がわかる力
これは、すでに20年ほど前から静岡県磐田市で食育を実践している吉田隆子先生(日本大学短期大学部食物栄養学科教授)から伝授されたものを基本としている。自分で健康を守り、豊かな食生活を送ることができれば、人生を生き抜く力になろうというもの。そのために教室で具体的に何を盛り込んでいくか、試行錯誤を繰り返しながら続けている。
子どもたちにまず知ってもらいたいのは、「食べたものが自分の体になること」。誰もがそれを知っていれば、最近取りざたされているような食の乱れは、少しでも改善されるのではないだろうか。その手始めに、教室の初回では、食べたものは体の中でどうなるのか、元気で大きくなるための食事の基本を、子どもに伝わるように、絵本やカード、人形などを使って教えることが中心だ。また、いろいろな食材を食べることの大切さ、食材が体にどんな働きをするのかということを、栄養素という言葉を使わずにわかりやすく伝える。野菜は病気から守ってくれること、よいウンチが出るように手伝ってくれることを、子どもなりに理解している手応えがある。
以後は、和食を基本に日本人の食の根っこにあるものを伝えたいので、まずごはんやだし(汁)などをテーマとした回を設け、次には、その月に応じた食材や行事がテーマになる。野菜が主役になることも多く、乾物などの伝統的な知恵、すり鉢などの伝統的な道具も、折にふれて取り入れている。
柱にしているのは、どのテーマでも「4つのおさら」として、主食・汁・主菜・副菜+フルーツの形で食べること。バランスのよい献立、元気になる食事を、子どもたちに体で知ってほしいからだ。毎回、4つのおさらを、みんなでそろって「いただきます!」と食べ、互いが食べ終わるのを待って「ごちそうさま!」と終える。そして、各自が食器を下げ、なるべく洗って片づけるところまで行う。
「食べることは楽しいものだ」と感じてもらいたいので、一緒に食べることを大事にしている。昨今の食の問題に、ひとりで食べる「孤食」があるが、それでは食が楽しいはずはなく、食に関する伝承の場がなくなって当然だろう。子どもは野菜嫌いだとしばしばいわれるが、野菜の好き嫌い以前に、子どもが野菜を食べたくなるような食環境にあるかどうかが問われていると思う。
野菜は五感を刺激する
さて、教室では野菜にどう取り組んでいるか、具体的に紹介しよう。調理では、野菜と五感で付き合ってもらえるように工夫し、そのためのいろいろな言葉かけもする。この年齢は最も五感が成長する時期といわれるが、野菜と付き合うことはとてもよい刺激になるようだ。
毎回の教室で子どもたちが一番楽しみにしているのは、献立に入っている旬の野菜を切る「包丁レッスン」である。なす、きゅうり、にんじん、だいこん……、持った感じの違い、同じいちょう切りでも、切り心地や音は違うことを体で知る。切った時にフッと立つ香りもあるだろう。後でみそ汁や煮ものに入ったそれらの野菜を箸でつまみ上げて、「アッ、これ、ボクが切ったなすだ!」「これは私のだいこんだ!」と自慢し合いながら大事に食べる姿は、いつも見られる光景だ。包丁を持たせることを危惧する親は多いが、使い方をきちんと教えれば、子どもは想像以上に注意深いもの。指先をほんの少し切る程度のことはあっても、ほとんど心配無用である。
また、子どもたちは味見が大好きだ。調理の途中ばかりでなく、食材探検の際にもすぐにかじりたがる。そんな時、「どんなにおいがする?」とか「どんな味?」と声をかける。その時に出てくる「臭い」とか「苦い」とかいう言葉も、実は教室で気にしていることである。というのも、子どもたちは五感で感じたことを表現する言葉を知らないことが多いからだ。「青臭い」とか「土臭い」「香ばしい」などの香りの表現、「さっぱりしている」「水っぽい」「エグミがある」「コクがある」などの味の表現を知ることで、互いに意思の疎通がはかりやすくなる。言葉を知ることで、味わい方も変わってくるに違いない。
実習3時間では、毎月のテーマのもと、食材探検、調理から食事までを構成するが、メニューを決める際にはずせないのは、野菜には旬があることを知って、旬の野菜を食べてもらいたいということ。季節の野菜そのものをテーマにする月もある。4月の「たけのこ」、5月の「豆」、7月の「夏野菜」「きゅうりの仲間」、10月の「いも」、1月の「だいこん」などだ。これらへの取り組みを例に挙げてみよう。
旬の野菜を食べてもらいたい
4月の「たけのこ」では、地下茎付きのたけのこを前に、子どもたちが1枚ずつ皮をむいていく。その数は何と20~25枚! むくほどに出てくる形に「ケーキみたい」「東京タワーだ!」と大騒ぎだった。そして、自分たちで炊いたたけのこご飯に木の芽をのせて食べる。木の芽をポンとたたいて、香りが立つや「ウワッ」と声をあげ、口にして「匂いが味になった!」と春の出合いの味を喜んでいる。
毎年好評の「豆」では、空豆やグリーンピースのさやをそっと開いて中を見ることから始める。空豆のフワフワのベッド、やわらかい緑の豆たちが整列している姿、筋と思っていたところから栄養をもらっている様子などに、子どもたちはとても心を動かされるようだ。乾燥豆にした昔の人の知恵にも触れ、さらに乾燥豆を育てると芽と根が出て、次世代の豆が収穫できる体験もする。命をいただくのだから大事に食べなければいけないこと、命が詰まった豆だから元気が出ることなどを、自然にわかっていくようだ。
7月の「夏野菜」では、いろいろな野菜が、土の中、土の上、茎や枝の、どこに実るかというゲームを、白板と食材カードを使って行う。季節ごとに実際の畑で見たり、栽培できれば一番よいのだが、なかなかむずかしいのが現状だ。ゲームでは、にんじんやキャベツが茎にぶら下がっていたりする珍答もあるが、案外、正解が多い。カードをズラッと貼り終えて、子どもたちは「土から出ると緑になるんだ!」、「夏の野菜は茎にぶら下がっているものばっかり。形も色もいろいろだ!」などの発見をする。
実物のなすやきゅうり、うり、トマトなどを縦に、横に切ってみると、どれにも種がズラッと並んでいることに感嘆する。手にとってゆっくり匂いをかぐと、「食べたい」と、たいていの子がすぐにもかじりたがる。夏の野菜は水分をいっぱいもっているものが多いことをわかってもらうために、きゅうりはすりおろし、トマトはミキサーにかける。のどが渇いて水気がほしい夏には、野菜がそれをもっていてくれる。こんなことが、体と旬の野菜の関係を知るきっかけになってほしいものだ。
教室では、食べものを加工してきた伝統の知恵も伝えたいと考えている。
同じく7月の「きゅうりの仲間」では、うりや冬瓜に親しむだけでなく、夕顔でかんぴょう作りにもチャレンジする。あの巨大な洋梨のような夕顔をかんぴょうにして食べてきた知恵は、子どもでなくても驚嘆に値する。糸巻き車のような昔ながらの木製のけずり機で子どもたちが交代でけずる時は、いつも大変盛り上がる。たいていかんぴょう巻きとしてしか知らない食材の成り立ちを知ることで、他の食材でも、その背景に興味が広がることを願っている。
1月の「だいこん」でも、青首や三浦、聖護院、皮が赤や黒のだいこんなどいろいろなだいこんを用意し、さらに切り干しだいこんができるプロセスを見せている。子どもたちは切り干しができるまでの何段階かを味見して、「かたくなるけど、だんだん甘くなっている」と乾物に興味津々。その日の献立には、切り干しだいこんの煮ものやハリハリ漬けが並ぶ。だいこんが苦手だった子の「ちょっと好きになってきた」といううれしい感想もあった。
子どもは、野菜を食べて自信をつける
教室では、元気でいるためのふつうの食事を実習しており、それには野菜が欠かせない。ただし、好き嫌いが一番出るのも野菜だ。そして、苦手なものがそう簡単に好きにはならないのも事実で、それは大人の野菜嫌いが少なくないことでもわかる。でも子どもたちは、野菜のいろいろな表情に五感で接していると、たいていとても興味を抱く。とりあえずは、それでよいのではないだろうか。
「苦手な野菜があって当然だよ」という話を、教室ではよくしている。「野菜は動けないから、自分の身を守るために、苦い味やちょっと嫌だなと思う味ももっていて、すぐには食べられないようにしていることが多い。だから、おいしいと思うには、少しずつ食べる練習をしたり、大人になるのを待たなければいけないものもある。それは人によって違う。この前は苦手でも、今日はおいしいかもしれない……」といったことだ。野菜の味は、品種、季節、産地、料理などによって変わるのはいうまでもなく、一期一会のようなもの。食べず嫌いにならず、食べてみる姿勢をもってほしいというメッセージである。
箸が進まない子には無理強いせず、「ちょっとだけでいいから、食べてみよう」と箸をつけることをすすめている。子どもだって、食べられるものなら食べたいはず。いつかおいしく食べられるようになると思っていて、また次に箸をつけてくれれば、それで充分だからだ。
少し長くなるが、教室に参加している5歳のM君の母親が寄せてくれたお便りをご紹介しよう。
『……食べず嫌いが多い子なので、教室でどんな反応を示すのか、親としてはドキドキしていました。教室から出てきた子どもの笑顔を見て、アッ、これは大丈夫だと感じました。帰りに、包丁の持ち方や野菜を持つ左手の丸め方、そして「にんじんといんげんを食べたよ! 明日のお弁当ににんじんを入れてもいいよ」と、自信をもって伝えてくれました。……翌日、お弁当に入れたじゃがいも、にんじん、たまねぎ、いんげんをきれいに食べていました。以後、お花型のにんじんもお弁当に入れられるようになりました。……月1回の教室が本当に待ち遠しいです』
この日のメニューは「ごはん、とうふとわかめのみそ汁、さけの塩焼き&だいこんおろし、じゃがいもの煮もの、ほうれんそうのおひたし、フルーツ」。子どもの好物とは言いがたいメニューかもしれないが、食べっぷりはM君だけでなく、なかなかのものだ。同じ教室終了後に「体は細いけど、よく召し上がるお嬢さんですね」と別の母親に話しかけた時、「まあ、食べましたか?! 野菜も? いつも本当に食べない子で、霞でも食べているのかと心配だったのですが……」という例もあった。
食が細い、好き嫌いが多い、特に野菜を食べないからと教室に参加する子はかなりいる。すぐに好ましい結果を産むとは限らないが、何度か通ううちに、その子なりに食べることに対する関心、食べてみようという意欲に変化が見られるのは間違いない。なすが苦手だった子が、みそ汁のなすをおそるおそる食べてみて、「なす、食べられたよ!」と顔が輝いた瞬間もあった。以前食べて好きではなかったミニトマトを、「ちょっとだけ食べてみるから見てて」と口にし、「このトマトはおいしかったから、今度から食べてみる」とはにかんだ女の子もいた。
野菜独特の味は、しばしば子どもにとってハードルになる。でも、子どもたちは野菜を食べたくないわけではないし、食べられたら本当にうれしいのだと実感することはよくある。だからこそ、野菜との出会いをなるべくフレンドリーに、そしてハードルを越える手助けをできればと願っている。