東北農業研究センター
寒冷地野菜花き研究チーム長 由比 進
いきなり、私の体験談から始めました。これは極端な例ですが、買ってきたトマトがいい色でなく、がっかりした経験をお持ちの方は多いことでしょう。濃いピンク~赤色であってほしいトマトですが、そうなれない事情があります。まず、このピザに載っていたのは生食用トマト(=普通に店で売っている大玉トマト)で、もともと果肉色のうすい品種である点が挙げられます。ここで、トマトケチャップやトマトジュースの色を思い浮かべてください。これらは鮮やかな濃い赤色ですが、決して着色されているわけではありません。
ケチャップやジュースは、加工専用の品種から作られます。もともとリコペン含量の高い加工用品種を完熟させてから収穫するので、できた製品の色も生食用とは比較にならない、ご存じのような濃い赤色になるのです。
これに加えて、トマトの赤色色素であるリコペンは、低温下では生成されにくくなります。リコペン少なめの生食用品種が冬に収穫されたなどの要因が重なって、悲しいほどサーモンピンク色のトマトができてしまったわけです。
・機能性物質リコペンを多く含むトマト
リコペンは一般にはリコピンともいわれ、抗酸化作用の高い機能性物質であることが知られています。この物質はトマトに多く含まれており、その名称はトマトの学名リコペルシコン(Lycopersicon)に由来します。「この物質はトマトに多く含まれる」と書きましたが、すべてのトマトがリコペンを多く含むわけではなく、その含量は品種によって大きく異なります。すなわち、ほとんどリコペンを含まず赤みのないトマトから、10mg(果実の新鮮重100g当たりの含量、以下同様)以上含む真っ赤なトマトまで、さまざまです。先ほども書いたとおり、日本で多く利用されている生食用トマトのリコペン含量はやや少ない方で2~3mg程度、トマトジュース原料に用いられる加工用トマトでは5~8mg程度です。これに対して、高リコペン遺伝子を持つトマト品種は、10mgを超えるほど多量のリコペンを含むことが知られていました。
しかしながら、高リコペン遺伝子を持つトマトは、いくつかの欠点も持っていました。収穫までに時間がかかる晩生で、茎や葉が硬くもろく、果実はヒビ割れしやすく、さらに糖度が低くて食味が優れない…などです。
そこで、これらの欠点を改良して実用栽培が可能になるよう、長い時間をかけ品種改良が続けられました。その結果、日本では高リコペン性のジュース加工用品種がまず育成され、既に実用栽培に利用されています。しかしながら、日本の市場では、生食用のピンク系大玉トマト(糖度高くて生で食べるとおいしいが、リコペン含量は高くない)が主流を占めていたせいもあり、高リコペン遺伝子を持った生食用品種はなかなか育成されませんでした。
・高リコペン「とまと中間母本農10号」の育成
東北農業研究センター(以下「東北農研」という。)では、50年近く前からトマトの育種研究を行っています。主に加工用トマト品種の育成に取り組み、その間、日本の気候に適していて省力栽培が可能な心止まり性品種育成のさきがけとなりました。その後、新しい遺伝変異を利用する研究の一環で、1990年初頭から生食用高リコペントマトの育成を開始し、2004年に「とまと中間母本農10号(以下、農10号と略記)」を農林登録しました。
私が前任者から生食用高リコペントマトの仕事を引き継いだのは2000年、「農10号」の育成は最終段階を迎えていました。この系統のリコペン含量は生食用トマトの3倍近くにも達し、そのため果肉は濃赤色です。実をいうと、私はこのトマトの色があまりに濃いので、「こんな色で、モノになるのだろうか?」と疑問を感じていました。ところが、ある日見学にいらした流通関係の方の前で果実を切ってお見せしたところ、「おぉっ…」と(小さいながら)歓声があがったのです(図1)。その後別の方に見せたときにも、これはすごいとほめられ、「そうか、案外見所あるのかもしれない」と思い直すようになりました。
このトマトは、「桃太郎」を自殖した後代の固定系統「Mo16411」を母親に、高リコペン遺伝子を保有する系統「Manapal」を父親にして交配し、その子孫の中からリコペン含量などに着目して選抜したものです。この系統のリコペン含量は、「桃太郎」
や「Mo16411」の2倍以上で、父親の「Manapal」と比較しても同程度以上でした(図2)。リコペン含量以外の形質については、やや晩生で、収量やや少なく、平均果重はやや小さく、糖度と酸度はやや低く、果実はかなり硬い…といった具合で、「桃太郎」と比較すると全般に劣ります。
・冬にも真っ赤なトマトを-リコペン含量に及ぼす生育温度の影響
色素生成量は、温度が高すぎても低すぎても少なくなります。先ほどの悲しい色トマトの話には、冬の低温による色素生成能低下も関係しています。そこで、育成した「農10号」の生育温度とリコペン含量について、人工気象室を使って調べてみました(図3)。試験を行った温度は、20-13、25-18、30-23、35-23(それぞれ昼温-夜温℃)の4区です。
その結果、「農10号」のリコペン含量は、もっとも温度の高い35-23区を除くと、常に「桃太郎」より高くなっていました。特に注目されるのは、「桃太郎」などで着色不良が問題になる低温域(20-13区)でも、6mg以上と多くのリコペンを含んでおり、十分鮮やかな赤色をしていた点です。ただ、残念なことにもっとも設定温度の高い35-23区では、「桃太郎」より着色不良になってしまいました。
・「農10号」の利用-育種素材
「農10号」は、抗酸化能の高い機能性物質リコペンを多く含むことから、健康に良い、がん予防効果がある…などと書きたいところです。が、残念ながらこの「農10号」を使って機能性の有無を調べた試験は行っていないため、具体的な効能を書くことはできません。しかしながら、リコペンを多く含み、低温下で生育させても良好な着色をすることから、食欲をそそる色鮮やかなトマトの育成に貢献できると考えています。もう、トマトの色で悲しい思いをしなくてすむように。
「農10号」の正式名称に出てくる「中間母本」とは、民間や県など他の機関が品種改良を行うのに利用するための素材という位置づけです。わかりやすくいうと、交配の親に使って子孫から高リコペン品種を育成するのに有用であるが、そのまま売りものにすることはお勧めしないということです。それは、糖度が低く食味がいまひとつ優れない上、やや晩生、果実が割れやすいなど、実用栽培に用いるには問題となる形質をいくつか抱えているからです。そこで、これらの点を改良して、実用品種を育成する試みが始められていますので、紹介します。
・「農10号」を利用したF1品種育成の試み
「ブランド・ニッポン」プロジェクトの中では、中間母本育成と並行して、カゴメ株式会社と共同で高リコペンの実用F1品種育成にも取り組みました。すなわち、東北農研の育成した高リコペン系統と、カゴメの高リコペン系統との間で交配を行ってF1※4)(雑種第1代)を多数作り、その中から、実用形質の優れたものを選びだそうとしました。その結果、「農10号」とカゴメの高リコペン系統「PK341」との間のF1が優れた性質を示したため、「KGM051」の名称で品種登録出願を行いました(図4)。今後、この品種はカゴメの進めるトマト契約栽培の中で、高リコペン性を売りにした活用が期待されます。
・結び-業界の掟(常識)は、世間の非常識?
ひとことにトマトといっても、地球上には実に多様な品種が存在します。そのうち、日本で利用されているのは、ごく一部の品種群にすぎません。いろいろな野菜において、「色、形、味などはこうあるべき」という標準(業界の掟!)が存在します。例えば、トマト業界では、
(1) 生食用トマトはピンクでなければならない
(2) 生食用トマトはヘタが付いていなければならない
といった、暗黙の常識、ルールがあります。
これらには、それぞれに理由がある(もしくはあった)のですが、改めて考えてみると、すべてのトマトがピンクでへた付きで売られなければならない合理的な理由は思い当たりません。そこで、(1)に対しては今回紹介した真っ赤な高リコペントマトを育成しました。また、トマトにはジョイントレス(節なし)という、ヘタなしで収穫できる素晴らしい省力形質があります。残念ながら日本では、トマトはへた付きでなけなければ絵にならない(!)という理由で、果実にへたが残らないジョイントレス性は、加工用品種以外にはほとんど取り入れられていません。これに対しては、微力ながら、ヘタなしでおいしいクッキングトマト品種「にたきこま、なつのこま」を育成して、普及に努めています。新しい需要を開拓する製品は、きっとそれまでの非常識(掟破り)から生まれる…と考え、これからも世の中の役に立つ、常識を変える品種改良を続けていくつもりです。
※次号では、『カラフルポテト次世代』を取り上げる予定です。
※4)違った品種の両親から得られる第一代目を利用する品種。現在流通している主要野菜のほとんどがこれで
ある。なお、F1から得られる種子は同じ品種にはならない。
※5)法律に基づき品種の育成をした人の権利を守る制度。※2とは異なる。