厚生労働省 医薬食品局
食品安全部 基準審査課
1.ポジティブリスト制度の導入
現在、農作物や家畜等(以下「農作物等」という。)に使用される農薬、飼料添加物、動物用医薬品(以下「農薬等」という。)については、使用した結果として生じる農作物等への残留について、食品衛生法(以下「法」という。)第11条に基づき残留基準が設定され、残留基準に適合しない場合には販売等が禁止されることとなります。しかしながら、残留基準が設定されていない農薬等については、その残留が確認されても販売等の規制が原則できない状況となっています。
この課題については、平成7年の食品衛生法改正における衆議院・参議院の付帯決議においても、本制度の速やかな導入の検討が求められ、また、国民からも広くその導入が求められていること、さらに、上記に示すように、法上で対応できない農薬等が現に存在することを踏まえ、国民の食品を介した健康被害を積極的に防止する観点から、平成15年5月に公布された食品衛生法等の一部を改正する法律(平成15年法律第55号。以下「一部改正法」という。)において、施行後3年を越えない範囲でポジティブリスト制度を導入することが決定され、今般、平成17年11月16日の政令(政令第345号)により、平成18年5月29日より施行されることとなりました。図1では、まず現行の規制とポジティブリスト制度導入後の規制の仕組みを示します。
ポジティブリスト制度とは、「残留基準が設定されていない農薬等が残留する食品等の販売等を原則禁止する制度」と総括され、規制対象物質は(1)農薬、(2)飼料添加物、(3)動物用医薬品の3物質、規制対象食品は加工食品を含む全ての食品となります。
なお、図1にも示していますが、本制度を施行するにあたり、以下の3点の必要な事項について措置を行い、平成17年11月29日の告示(厚生労働省告示第497号、498号、499号)によりその内容を示したところです。
(1) 一部改正法による改正後の法第11条第3項に規定する「人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量」(以下「一律基準」という。)の設定。
(2) 一部改正法による改正後の法第11条第3項に規定する「人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるものとして厚生労働大臣が定める物質」(以下「対象外物質」という。)の設定。
(3) 国民の健康の保護を図るとともに、ポジティブリスト制度の円滑な施行を図るため、法第11条第1項の規定に基づき同項の食品の成分に係る規格として、暫定的に農薬等の当該食品に残留する量の限度(以下「暫定基準」という。)の設定。
2.一律基準の設定
ポジティブリスト制度は、残留基準が設定されていない農薬等が残留する食品の販売等を原則禁止する制度ですが、分析技術の進歩は限りない検出限界の追求を招き、科学的に判断しても安全性に懸念がない量を検出可能とすることも想定されます。このような安全性に懸念のないと考えられる極めて低い数値をもって法的に販売等の規制を行うことは、過剰規制を招く可能性があるところです。
このため、法第11条第3項の規定に示す「人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量」に基づき、一定量である一律基準(0.01ppm)を設定しました。
一律基準は、農薬等(抗生物質及び化学的合成品たる抗菌性物質を除く)の残留基準が定められた場合や対象外物質を除き、全ての食品に適用される基準となっています。
〈一律基準の設定〉
一律基準の設定にあたっては、許容量と暴露評価の検討が必要となります。このため、許容量に関して国内外の知見を収集して整理するとともに、国民の食品摂取量を踏まえた暴露評価の検討を行い、一律基準によって規制される農薬等の摂取量が許容量を超えることがないよう、一律基準値を設定しました。
(1)許容量の検討
許容量については、以下のa)及びb)を踏まえて検討を行い、その目安として1.5μg/人/dayを用いることが妥当であると判断しました。
a)国際的な評価に基づく「許容される暴露量」
海外の国際機関等の研究結果等においては、化学物質に関する許容量のレポートが示されており、今回のポジティブリスト制度における一律基準設定に係る許容量においては次の2つのレポートを参考としました。1つは国際専門家会議であるJECFAの香料の毒性評価に関するレポートで、もう1つは米国FDAの間接添加物のレポートです。両レポートでは同じ結論が得られており、1.5μg/人/day以下の摂取量においては毒性影響が発現しないことが報告されています
b)過去に評価された「許容される暴露量」
国内又はJMPR若しくはJECFAでこれまで評価されたADIを見た場合、極めてADIが低い一部の農薬等を除き、ほぼ全ての農薬等について、1.5μg/人/day以上のADIが設定されています。
(2)暴露評価の検討
(1)の判断から、わが国においても1.5μg/
人/dayの許容量を基礎とし、国民栄養調査結果における食品摂取量を踏まえて食品中の残留量を検討した場合、我が国の国民栄養調査に基づく食品の一日摂取量は米を除く全ての食品で150gを下回っており、この150gと(1)で求めた許容量から食品中の残留量を求めるとその値は0.01ppm(1.5μg÷150g=0.01μg/g)と算出されます。このことから、一律基準の値として0.01ppmを設定することとしたものです。
なお、米については、ほぼ自給されており、かつ、農薬取締法の改正等により国内の農薬等の使用が厳正に規制されたことを考えた場合、農薬等の摂取量が許容される暴露量を超えることはないと考えています。
(3)諸外国における一律基準の導入状況
食品に残留する農薬等に関するポジティブ制度を導入している国々としては、欧州連合(EU)、ニュージーランド、ドイツ等があり0.01ppm~0.1ppmという範囲で一律基準が設定されています。また、同制度の導入が決定されたEUにおいては一律基準として0.01ppmが決定されたところです。
使用が承認された農薬等はその使用対象である食品が使用基準で規定されています。従って、残留基準も、使用が承認された農薬等と使用対象食品にのみ設定されることとなり、このため、残留基準が設定された食品以外から当該農薬等が検出されることは原則ありません。
このため、一律基準は(1)いずれの農作物等にも残留基準が設定されていない農薬等が農作物等に残留する場合や、(2)一部の農作物等には残留基準が設定されている農薬等が、当該農薬等に関する基準が設定されていない農作物等に残留する場合に適用される基準となります。
なお、抗生物質及び化学的合成品たる抗菌性物質に関しては、現在すでに、残留基準が定められたものを除き「含有してはならない」が設定されています。このため、ポジティブリスト施行後においても、基準値が定められていない抗生物質や化学的合成品たる抗菌性物質については、一律基準(0.01
ppm)ではなく、現在すでに設定されている「含有してはならない」が適用されます。
3.対象外物質の設定
農薬等であっても、その用途・目的に照らした場合、人の健康を損なうことがないことが明らかな農薬等(対象外物質)にあっては、残留基準を設定する必要はなく、まして一律基準により規制を行う必要はないと考えられます。ポジティブリスト制度においては、残留基準が設定されない場合は、原則、一律基準が適用されるため、対象外物質がポジティブリスト制度の対象にならないことを明示する必要があります。このことから、対象外物質について告示により65物質を示したところです。
4.暫定基準の設定
平成17年10月現在、食品衛生法に残留基準が定められている農薬等は、農薬250品目、動物用医薬品等33品目となっています。農薬に関して見た場合、国内外で使用される農薬は約700品目と言われています。このため、現行の基準設定状況のままポジティブリスト制度が施行された場合、残留基準が設定されていない農薬は、使用は認められるものの食品中への一律基準を超える残留が認められず、このことは農薬の適正使用を阻むとともに、流通に大きな影響を与えることが想定されるところです。
このため、国民の健康の保護を最優先するとともに、ポジティブリスト制度の円滑な施行の観点から、残留基準が設定されていない品目について暫定的な基準(暫定基準)を設定することとしたものです。その設定方法は、国際基準(Codex)や農薬取締法に基づく登録保留基準、薬事法に基づく承認時の定量限界、またJMPR又はJECFAで必要とされている毒性などに関する資料に基づき残留基準が設定されており、関係資料の提出が可能である旨申し出があった諸外国(米国、カナダ、欧州連合(EU)、オーストラリア及びニュージーランドンド)の基準を参考に作成しました。
なお、以下の場合にあっては農薬等に「不検出」の基準を設定することとし、15農薬等について同基準を設定しました。
・ 遺伝毒性を有する発がん性物質であるなど、閾値が設定できない農薬等
・ 国際機関でADIが設定できないと評価されている農薬等(ただし、食品健康影響評価を優先的に依頼するものを除きます。)
・ 国際機関においてADIが0.03μg/
kg/day(=1.5μg/人/day)未満とされた農薬等又は既に「不検出」とする基準が基準設定対象農作物等以外の農作物等に設定されている農薬等
また、加工食品に関しても、国際基準(Codex)が設定されている加工食品については、暫定基準を設定していますが、暫定基準が設定されない加工食品については、後述の6の7)を参考としてください。
なお、暫定基準は法第11条第1項の規定に基づく食品成分規格として設定されますが、暫定基準設定の際に参考とした諸外国の基準等の変更に応じて見直しを行うと共に、マーケットバスケット調査の結果に基づき農薬等の摂取量が多いものについては、優先順位を付して安全性試験成績を収集し、その見直しを行うこととしています。
5.国外で使用されている農薬等に関する残留基準設定等を要望する制度
ポジティブリスト制度が導入された場合、我が国で残留基準が設定されていない農薬等が使用されれば、原則一律基準が適用されるため、我が国に輸出が想定される農畜水産に新たに使用が認められた農薬等については、国外から残留基準の設定及び改正を要請することができる制度を構築しているところです。
「国外で使用される農薬等に係る残留基準の設定及び改正に関する指針について」
(平成16年2月、厚生労働省食品安全部長通知)
6.一般規則の整備
今般のポジティブリスト制度の導入にあたっては、制度の平仄をとる観点から食品・添加物等の規格基準(厚生省告示第370号)の一般規則についても整備を行ったところです。整備を行った点は以下のとおりです。
1)一般規則の1
抗菌性物質については、従来、規制の対象となる食品等を食肉・食鳥卵・魚介類に限定して「含有してはならない」とする基準を設定していましたが、本制度の施行にともない、全ての食品が対象となることから、規制の対象を全ての食品としています。
2)一般規則の5
「不検出」の対象となる物質として15物質を定めるとともに、試験法も規定し、本試験法により検出されなかった場合を「不検出」としています。
3)一般規則の6
改正前の一般規則の6を踏襲したものですが、国際基準の設定状況を鑑み、新たに食品分類を新設する等の改正を行っています。
4)一般規則の7
今回新たに新設された農薬等の食品規格を示したものです。基本的に一般規則の6と同様の意義を持っており、運用についても同様となっています。
5)一般規則の8
個別の残留基準が設定されていない農薬等が、食品に自然に含まれる物質と同一の場合、使用した結果による残留であるのか、もともと自然に含まれているのか判断は困難です。
このため、農薬等と同一の物質が、自然由来で自然に残留する量の程度で残留している場合、一律基準を適用しないこととしています。なお、性質上網羅的に対象物質を列挙することは困難なため、適用については、個別に判断することとしています。
6)一般規則の9
加工食品を中心とした農薬等の食品規格を示したものです。基本的に一般規則の6及び7と同様の意義を持っており、運用についても同様です。
7)一般規則の10
加工食品についての取扱いを示したものです。今回のポジティブリスト制度の導入により、個別の基準が設定された場合を除き、全ての食品が一律基準の対象となるため、加工食品についても個別の基準が設定されていない場合一律基準が適用されることとなりますが、加工食品の原料が食品規格に適合していれば、加工食品の農薬等の残留値によらず、食品規格に適合するものとして取り扱うこととしています。
7.おわりに
上記の説明を踏まえると、ポジティブリスト制度は以下のように総括されます。
「ポジティブリスト制度は、農薬等が一律基準以上残留する食品の販売等を原則禁止する制度です。なお、残留基準が定められている場合は、同残留基準に従うこととなります。また、対象外物質に規定された農薬等に関しては、本制度の規制の対象外となります。」
農畜産物の生産に携わる方々にあっては、このことを念頭に置いていただき、適正な農薬等の使用に努めていただくとともに、食品事業者の方々におかれては、農薬使用履歴、防除基準又は防除歴等に基づき、自らが取り扱う食品に使用された農薬等の把握、管理に努め、効果的、効率的な衛生確保体制を構築いただけるようお願いします。
(参考)ポジティブリスト制度の詳細については、以下のアドレスで参照可能です。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/051129-1.html