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野菜中の硝酸塩に関する情報について

消費・安全局 農産安全管理課  生産安全班 衛生指導係長 三浦  保


 農業組合法人和郷園(以下、「和郷園」という。)が、野菜などの作物生産に導入している適正農業規範(GAP)ついて取材したので、その概要を紹介する。

1.はじめに

 野菜中に含まれる硝酸塩に関して、「EUに基準値があると聞いたのですが、国内にも基準値が設定されていますか」、「がんや糖尿病など、人の健康にはどのような影響があるのですか」、「毎日食べている野菜には、どのくらいの硝酸塩が含まれているのですか」など、消費者や生産者の方々をはじめ多くの方々からの問い合わせが寄せられています。
 このように、食の安全が強く求められる中で、とりわけ毎日食べる野菜の安全性の確保には国民のみなさんの関心が高いことから、農林水産省では、野菜の安全性確保に向けた取組を推進する一方において、生産者や消費者の方々に、野菜中に含まれる硝酸塩についての正確な情報を分かりやすく伝え、正しく理解していただけるよう、さまざまな機会を捉えて情報発信に努めているところです。
 本稿では、野菜中の硝酸塩に対する正しい理解を深めていただくとともに、野菜の有用性についても改めて認識していただくために、野菜に含まれる硝酸塩の実態やその人の健康への影響、野菜中の硝酸塩濃度を低減するために行われている取組などを紹介します。
 なお、「硝酸塩」という用語については、「硝酸性窒素」、「硝酸態窒素」、「硝酸イオン」、「硝酸根」など他の用語が用いられることもありますが、ここでは、「硝酸塩」に統一しています。

2.野菜にはどうして硝酸塩が含まれるのか

  硝酸塩は、土壌など自然界に広く分布しています。また、植物は、重要な養分としての窒素を土壌から主に硝酸塩の形で根から吸収し、光合成により生成された炭水化物を用いてアミノ酸を生成し、さらにタンパク質を合成します。このように、硝酸塩は、植物の生長に必要不可欠な窒素供給源であり、野菜に限らず、どのような植物にも一般的に含まれています。また、特に生長期にある植物体に多く含まれています。
 一方、硝酸塩の濃度は、野菜の種類(果菜類、葉菜類、根菜類)、収穫時期(季節、朝どり、夕どり、植物体の大きさ)や環境条件(土壌、光量、気温)などにより大きく異なります。一般的に、生育途中の植物体を食用とする葉菜類(ほうれんそう、チンゲンサイなど)は比較的硝酸塩濃度が高い傾向にあり、果菜類(トマト、ナスなど)などは低い傾向にあります。また、根から吸収される硝酸塩などの量が多過ぎたり、日照不足や高温により十分な光合成が行われない場合などには、吸収された硝酸塩がアミノ酸やタンパク質に合成されずに、硝酸塩のまま植物体中に蓄積されます。
 野菜中の硝酸塩の含有量については、昭和63年度に厚生省(当時)において、野菜を含めた生鮮食品における硝酸塩及び亜硝酸塩の含有量調査が行われています。
 また、五訂日本食品標準成分表(平成12年11月公表)にも、硝酸塩の含有量が掲載されています。それらによると、主な野菜中の硝酸塩含有量は表1のとおりです。

表1 主な野菜中の硝酸塩含有量

(注1)硝酸イオンとして算出。特段の記載がない場合には、生鮮物中の含有量。
(注2)厚生省(当時)データの欄の( )内は分析数
 
表2 添加物使用基準リスト(抜粋)

3.食品添加物としての硝酸塩

 硝酸塩は、紀元頃から、食品の保存目的で、ハムやソーセージの製造に使用されていたとの記録があるように、古くから食品添加物として使用されてきた実績があり、現在も世界中で一般的に利用されています。また、我が国でも、食品衛生法に基づき、食品添加物として、チーズ、清酒、食肉製品、鯨肉ベーコンに使用が認められています(表2)。
 硝酸塩は、塩分濃度を適度に調整し、酵母菌などの有用な好塩微生物の繁殖を適度に調整するとともに、食肉製品などの色調、風味の改善、保存性の向上などにも効果があり、使い勝手のよい食品添加物として広く利用されています。
 既に認可されている食品添加物としての硝酸塩等のリスク管理に資するため、厚生省(当時)において、年齢別食品添加物の一日摂取量の調査(食品添加物一日摂取量総点検調査)が行われ、平成12年12月に厚生省(当時)食品衛生調査会毒性・添加物合同部会にその結果が報告されましたが、その中で、食品からの硝酸塩の摂取量の実態についても明らかにされています。
 この調査は、食品添加物として利用される100種類の化合物について、年齢層別の摂取量を算出したものですが、調査の結果、硝酸塩の摂取量は、すべての年齢階層でADI(一日許容摂取量;人が一生涯にわたり毎日摂取しても健康への悪影響がないと推定される化学物質の最大摂取量)を上回るということが明らかになってます(表3)。
 また、この硝酸塩の総摂取量のうち、食品添加物由来の硝酸塩はわずかであり、野菜由来のものがほとんどを占めるという結果となっています。
 ただし、この調査は、購入した食品をそのまま分析して、その結果に年齢別の平均摂取量を乗じて算出していますが、通常、野菜を摂取する場合には、水洗いしたり、調理する過程で硝酸塩の濃度が低くなるため、実際の摂取量はもっと少ないと思われます。従って、厚生省(当時)の合同部会では、こうした調査結果から、野菜からの硝酸塩の摂取が、人の健康に悪影響を及ぼすかどうかを判断することは困難だとしています。

表3 硝酸塩のADIに対する年齢別摂取量の比較

(注1)食品添加物として摂取される硝酸塩のADI=3.7mg/日/kg体重(硝酸イオンとして)
(注2)年齢層の欄の下段の( )は平均体重

4.硝酸塩の毒性と野菜中の硝酸塩との関係について

 硝酸塩の毒性は、主に硝酸塩が還元して生成する亜硝酸塩に起因します。人が摂取した硝酸塩が健康に影響を及ぼすメカニズムは、次のとおりです。
 人が水や食品を介して摂取した硝酸塩は、主に消化管上部から吸収され、血液に移行し、さらにその一部(約25%)は唾液中に分泌され、残りの大部分(約75%)は腎臓を通じて尿中に排泄されます。この唾液中に分泌された硝酸塩の一部(約25%のうちの20%分)は、口腔内の微生物により還元され亜硝酸塩(約5%)になります。この亜硝酸塩が、再び血液に移行し、赤血球中のヘモグロビンと結合すると、酸素の運べないメトヘモグロビンに変化し、肺から各器官へ十分な酸素を運ぶことができず、酸欠状態に陥り(メトヘモグロビン血症)、重度の場合は死亡することもあります。
 メトヘモグロビン血症は、欧米において、硝酸塩濃度の高い水で作られたミルクを与えられていた乳児や生後3か月未満の乳児で離乳食を与えられて発生した事例(「ブルーベビー」とも言われています)が知られています。この時、発症した乳児は体重当たりの硝酸塩摂取量が多かったことに加えて、また、生後3ヶ月未満の乳児は、胃酸をほとんど分泌しないため胃内のpHが高く、胃内で微生物が硝酸塩を還元し、亜硝酸塩を生成する可能性が高いことから起きたものであるとされています。これに対し、我が国のように、胃酸に分泌が始まる生後5~6か月から離乳食を開始する場合には、このような事例が生じるおそれは極めて少ないと考えられています。なお、我が国の飲料水(水道水)の硝酸塩の基準は、この乳児に対するメトヘモグロビン血症が現れない濃度を基に設定されています。
 一方、硝酸塩が発がん性物質であるニトロソ化合物(二級アミンや二級アミドと亜硝酸塩が化学反応を起こし生成される化合物で、環境中にも多く存在します。)の生成に関与するおそれがあるということが一部で指摘されていることから、硝酸塩の摂取と発がん性の関連性に関する研究も各国で実施されていますが、現在のところ、食品中のニトロソ化合物と人のがんとの関連性が明確に確認された疫学調査報告はありません。
 国連食糧農業機関(FAO)及び世界保健機関(WHO)の合同食品添加物専門家会議は、1995年、食品添加物としての硝酸塩(硝酸ナトリウム)について、ADIを体重1kg当たり0~5mg(硝酸イオン換算で0~3.7mg)と設定しましたが、その際、「野菜は硝酸塩の主要な摂取源であるものの、野菜の有用性はよく知られており、その一方において、野菜中の硝酸塩がどの程度血液に取り組まれるのかのデータも得られていないことから、野菜から摂取する硝酸塩の量を直接ADIと比較することや、野菜中の硝酸塩について基準値を設定することは適当ではない。」とするコメントを付記しています。
 このようなことから、厚生労働省でも、現段階において直ちに野菜中の硝酸塩の基準値を設定する必要は低いとしています。

5.EUの取組について

 EUでは、野菜から摂取される硝酸塩が直接人の健康に影響を及ぼした例は、確認されてはいないものの、施肥管理等農法の改善により硝酸塩濃度の低減が可能であること、ほうれんそう及びレタスの硝酸塩濃度が特に高いことから、1997年1月に、ほうれんそう及びレタスについて硝酸塩の最大含有量基準(各国からのモニタリング結果を見て、GAP(Good Agricultural Practice:適正農業規範)により合理的に達成できる水準を設定)を定めています(EU指令194/97)(表4)。

表4 EUにおける硝酸塩の基準値

 また、EUでは、野菜中の硝酸塩濃度低減の取組により最大含有量基準を達成できるような農法の改善を指導するとともに、モニタリング結果に基づき、定期的な見直しが行われています。
 2001年3月、EUは硝酸塩の最大含有量基準の見直しを行いましたが、その内容に変更はありませんでした(EU規則466/2001)。なお、この規則により、農法の改善について、以下のような指示が行われています。

(1) 野菜中の硝酸塩含有量を低減するための農法の改善をGAPを用いて行うこと。ただし野菜中の硝酸塩含有量は天候によって影響を受け、加盟国内でも大幅に天候が異なるので、移行期間中においては、公衆衛生上問題のないレベルである限り、基準を超える野菜であっても生産国内で消費することは許される。

(2) この移行期間中に、各加盟国はGAPを採用することにより、農法を変更して、EU基準を遵守できるようにすべき。

(3) GAPの導入の進行等について、毎年の会合において報告を行う。


6.日本における取組について
 我が国でも、平成14年頃から、野菜中の硝酸塩濃度を低減するための技術についての研究開発が進められており、その結果、作物の生長に応じて適切な量の窒素肥料をタイミングよく施用することなどにより、作物の健全な生長を促しつつ、作物中の硝酸塩濃度の過度の上昇を防ぐことが可能であることが分かってきました。また、低硝酸塩化により甘み(糖分)やビタミンC含有量が増加する効果なども報告されています。
 このため、すでに一部の野菜の産地においては、土壌診断に基づく施肥設計及び適期施肥の励行や、肥効調節型肥料の利用などによる窒素肥料施用量の抑制等の取組が進められています。
 また、施肥量を減らすことは、農作物の収量や品質に影響を与えるおそれがあるために、生産者のみなさんにとっては大きな不安を抱えることになるかも知れませんが、野菜中に含まれる硝酸塩の低減技術の導入は、環境負荷の低減や、資材費低減などの効果も期待されることから、試験研究機関等の指導の下に、現地実証を重ね、地域の条件に適応した技術の確立・普及を進めていくことが重要です。
 さらには、EUの取組の中でも紹介したように、産地ができることをルール化し、確実に実施するとともに、それを記録に残し改善していく取組であるGAPの導入・普及の一環として、硝酸塩の低減に向けた取組も含めて進めていくことにより、無理なく効果を上げることが可能となります。その際には、農業環境規範に含まれる内容を盛り込んで、一体的に取り組むことも重要です。
 なお、農林水産省では、こうした産地における自主的な取組に対する支援を行っています。

7.おわりに
 野菜は、食卓には欠かせない食材であり、野菜をバランスよく摂取することは、健康増進にも不可欠です。
 従って、生産者のみなさんは、消費者のみなさんが安心して食べられる野菜の安定供給に努めるとともに、消費者も硝酸塩についての正確な知識・理解を深めながら、無用な心配をすることなく、より多くの種類の野菜を、おいしく、楽しく、バランスよく食べるよう心がけましょう。
 なお、農林水産省では、このほか、生産者や消費者の方々に野菜中に含まれる硝酸塩について正しく理解していただくために、農林水産省ホームページの「野菜中の硝酸塩に関する情報」のコーナーでも情報の提供を行っています(URLは、http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/syosanen/index.html)。
 ぜひ一度、ご覧下さい。



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