社団法人 日本施設園芸協会
野菜の衛生管理にGAP(適正農業規範)を導入している埼玉県北川辺とまと研究会(会長 佐藤勝美)を取材したので、その事例を紹介する。
1.北川辺とまと研究会の概要と衛生管理の取組経過
北川辺町は埼玉県の東北部で首都圏60km、東武日光線の沿線に位置し近年混住化が進んでいる。北川辺とまと研究会は、平成12(2000)年度から減農薬・減化学肥料栽培において埼玉県の特別農産物認証を取得し、現在、構成員27人で促成作型の土耕栽培によりトマトを約10ha栽培し、活発な活動を展開している。
HACCP方式の考え方を生鮮野菜の生産に取り入れた衛生管理への取り組みは、平成14(2002)年度に当(社)日本施設園芸協会(以下「協会」という。)の農林水産省の補助事業の一環として実施した現地実証試験が契機となっており、同年4月に埼玉県の紹介で実証地として選定され、衛生管理に関する研修会や試行を通して衛生管理のポイントや手法を理解し、平成15(2003)年4月からの実践が決定された。
2.衛生管理導入の動機と策定手法
平成10年に埼玉県は、所沢市のダイオキシン騒動を経験した。農家には何ら責任のないことが原因で風評被害が発生、ほうれんそうを中心に野菜類の販売不振が発生した。風評被害を防止するためには、前もって考えられる事項についてできるだけ詳しく自ら検証しておくことが重要であることを多くの農家が理解しているという。また、学校給食で生野菜は利用されないことが日常化しており、これも導入の理由となっている。農家自らが行動して危険分散、農産物の販売促進を図ることが重要と理解しており、この手法としてHACCP方式が有効と判断された。
マニュアルは、普及員が策定した原案を基に生産者代表10人と関係者による策定委員会を結成し、会員全員の意見を聴取しながら内容を決定している。その期間は、ほぼ1年を要し、作業手順ごとに障害となる事項を摘出した上で実践可能な対策を取っている。
今まで実践してきた特別栽培認証の手続きや報告書をうまく利用して記録を残すなど、煩雑さをできるだけ排除したものとしている。
3.北川辺とまと研究会の衛生管理内容
北川辺とまと研究会の衛生管理マニュアルは、当協会が農林水産省の補助事業として策定した「生鮮野菜衛生管理ガイド」および埼玉県の「HACCP方式の考え方を取り入れた安全な自主生産管理」の両者マニュアルを参考にしている。このことから「GAP(適正農業規範)」に極めて近くなっている。O157などの病原性微生物対策と農薬や重金属などの対策を組み合わせて対応していることが特徴となっている。
マニュアルは、HACCP手法を使っていることから最も注意を払う管理点(危害分析重要管理点)を6カ所設けており、第1図に示すとおり、(1)堆肥の散布、(2)土壌改良施肥、(3)着果促進処理、(4)農薬散布、(5)収穫、(6)選別となっている。重要管理点は通常2~3カ所で良いとされるが、6カ所と多く設定している。
重要管理点以外は一般的衛生管理点としており、できるだけ証拠書類や可能な検証が残せるようマニュアルに盛り込まれている。例えば、灌水および防除用に使用する井戸水の検査と使用制限である。水質検査は、重要管理点に入るべき事項とされているが、浅井戸の水を安心して使うには、検査を6ヶ月に1度以上実施しなければならないくらい変動の激しいものであることから、使用制限を加えて危険負担を減少させることが実践的であるとし、当マニュアルでは一般的衛生管理点として水の使用制限を行っている。水質検査は保健所に依頼し、飲用可能な水は手洗い、防除用水、灌水に使用して良く。細菌検査では合格するが鉄分などが多くて理化学性で不合格な場合は防除用水と灌水に、全部不合格の場合はマルチをして灌水用に使用するなどの制限を設けている。また、堆肥や有機肥料については、病原性微生物の汚染が懸念されることから製造する堆肥は発酵温度の確認および保管期間の6ヶ月以上(O157などが有機肥料に混じった場合は6ヶ月以上の堆積で減少するという試験例から)確保、購入品は品質保証書の入手などを規定している。さらに、ほ場作業者や選果場の作業者に対しては、作業前の健康管理や手洗いを義務づけしている。ハウスや選果場内では水道設備がないことから60%アルコール液での消毒を代用している。
この他には、選果場の清掃やトマトの果実について細菌検査などを実施するなど可能な限り実践している。
4 実践状況と今後の展開方向と問題点
平成15(2003)年8月に策定したマニュアルに従い実践しているが、会員の意見を十分に採用して策定したマニュアルであることら、現時点では大きな問題は発生していないという。しかし、具体的に実践して1年が経過したことで細かい点でのマニュアル改訂が検討されている。例えば、収穫コンテナの消毒である。塩素剤での消毒を実施しているがコンテナには果実の荷傷みを防止するためパッキンが使われている。このパッキンの果汁の汚れは、塩素剤では落とせないため、むしろ見た目がきれいになるように時折パッキンを交換する方が良策のようである。また、果実の細菌検査については実用的な器材が採用されているが、この判定基準を何処に置き、この結果を活かして行くにはどのようにしたらよいかなど検討が必要となっている。
現在は、まず栽培手法を確立している段階であることから、販売などに積極的なPRは実施していない。しかし、衛生管理、GAP、HACCPなどと用語が混乱しているように、生鮮野菜については消費者自体が衛生管理の必要性を理解しておらず、国・県によるPR活動が必要になると言う。また、衛生管理を実施するためには今までと違って検査費用などが発生するが、この活動を展開することで付加価値につながり高値となるなどの効果は期待できない時代であることから、せめて北川辺町産のトマトは安心して優先的に購入され、生産継続が可能な価格で販売できたらとの結論である。
このような生産システムを消費者が理解し、必要な経費に相応した販売面での有利性を早急に実証できるように行政や流通関係者などが協力して実践して行くことが重要と指摘している。
おわりに
GAP(適正農業規範)が、野菜生産現場で実践されたわが国では初めての事例であるが、実施に当たっては加須農林振興センターの東部普及部長鈴木栄一氏の献身的な指導があったからである。鈴木氏は県の農業技術専門員の経験もあり、現場を熟知していたこと、関係者の意見を十分聞き、取りまとめた。
鈴木氏によれば、トマト生産に衛生管理としてGAP(適正農業規範)を導入するメリットとして、安全・安心野菜の提供により風評被害の回避ができ、継続的な取引が可能となり有利販売につながるという。また、デメリットとしては、検査などの経費や手間が掛かることであるという。
特に、GAPなどの衛生管理の導入による経費負担については、全てを生産者が負うのでなく流通関係者、消費者などの受益者全体で応分の負担を負うべく検討すべきであろう。