社団法人 日本施設園芸協会
社団法人日本施設園芸協会は、野菜等農産物の販売戦略にトレーサビリティを導入した産地の状況を把握するため、JA秋田ふるさとを訪れ、現地調査を行ったので、その概要を紹介する。
1.JA秋田ふるさとの概要
JA秋田ふるさとは、平成10(1998)年に横手市、平鹿郡と仙北郡の一部を含む1市5町3村の8JAが合併し、翌年には全国では珍しい果樹専門農協の平賀果樹農協が加わって誕生した。平成15(2003)年の正組合員数は12,809人、准組合数2,649人、農産物販売高は200億円である。基幹作物は水稲(主力品種「あきたこまち」90%)であり、中央から西部にかけての奥羽山脈を水源とする雄物川流域に、肥沃な水田が展開し全国でも有数の穀倉地帯となっている。
野菜では、スイカ、夏秋キュウリ、夏秋トマト、アスパラガス、枝豆が県内有数の産地となっており、夏秋トマトおよび夏秋キュウリは国の指定産地となっている。その他サトイモ、ニラも地域特産としての産地化が進むなど、野菜の生産量は年々増加している。また、花きは、若者を中心に地域全体に栽培面積が拡大しており、キノコ類、果樹、畜産の生産量も増加し、秋田県内一の複合産地として、「元気ある、ふるさと農業・農村の構築」を目指している。
関連施設としては、8営農センター、4CE(カントリーエレベーター)、2RC(ライスセンター)、食肉加工施設、水稲育苗センター3カ所、12野菜集出荷場、48米倉庫などがある。
2.トレーサビリティ導入の背景
(1) 安全基準の徹底と確認
最近、農産物ばかりではなく、食品全体において、消費者の不安が増大している。特に、平成14(2002)年に発生した無登録農薬問題では、全国の主要農産県で使用されていた事実が判明し、日本農業の根幹を揺るがす大事件となった。
JA秋田ふるさとでも、数戸の農家が無登録農薬を使用していたことが判明し、周辺地域も含め、その農産物は焼却処分されたが、無登録農薬を使用していた産地として、消費地からの信頼を失墜させることとなり、次年の農産物の出荷にもかなりの影響があった。
このようなことからJA秋田ふるさとでは、生産された農産物の安全確認を行うことにより信頼を回復することが重要な課題となった。
(2) 現場からの情報発信
他方、農業者が農産物に込めた「想い」や「価値」が、消費者に十分には伝わっていなかった面がある。
これからの日本農業に求められるのは、農業の現場からの情報発信を積極的に行い、消費者との関係作りを通して、国産農産物への応援団を作っていくことある。そのためにも、JA秋田ふるさとは複合産地として、「どのように生産されたか」に関する産地の情報を発信し、併せて、消費地・消費者のさまざまな要望・意見を生産現場へフィードバックことも重要な課題である。また、このことは、問題が発生した場合の対応力にも結びつく。
(3) データ蓄積と自己分析
また、今まで以上に自信をもってJAとして販売していくためには、より高品質で均一な農産物生産が必要だが、そのための栽培に関するデータ蓄積と自己分析が重要である。併せて、もし万が一、農産物に問題が発生した場合でも、最小限の被害にとどめ、早期復帰が行えることが重要である。
(4) 生産者と消費者の距離
JA秋田ふるさとでは、大部分の農産物を関東やそれ以南に出荷しているが、秋田から消費地までの距離感を感じさせないために、瞬時の情報公開が必要なことと、農薬の使用状況の判定などにとどまらず、履歴情報をリアルタイムに公開していくことが必要である。
以上の諸問題に対処するため、JA秋田ふるさとの農産物生産体制を構築することにし、まず、農産物生産のシステム化を検討した。
3.農産物生産のシステム化
(1) 問題点の見直し
最初に、どのような農産物を栽培するかの計画を立て、次に、立てた計画をどのように実行するか、どのようにして点検を行うのか、また、そこから出てきた問題点をどのように見直すのかなどを検討した(図-1)。
(1) 計画(Plan)
栽培計画(Plan)は、どのような基準で栽培し出荷するのか、またどのように栽培履歴を把握するのかなどである。
(2) 計画の実行(Do)
計画の実行(Do)は、言うまでもなく、基準に則った栽培管理と、これを生産者自らが記録に残す記帳、そしてより高品質な生産を図ろうとする生産である。
(3) 点検(Check)
点検(Check)は、栽培された農産物が栽培基準通りに栽培されているかを、それぞれの段階で確認するということと、農産物の残留農薬検査の実施である。
(4) 見直し(Action)
最後に見直し(Action)だが、次年度の生産に向けた自己反省と、消費者からの要望に応えるため、さまざまな細部の見直しをするということである。これらが連続することで、さらなる産地としての発展につながる。
(2) 栽培履歴の記帳
以上を踏まえ、安全・安心な農産物作りの第一歩として、まず、各作物の栽培基準について生産者から同意を得、栽培履歴の記帳とその記帳された日誌のチェック体制作り、さらに、農産物の残留農薬などの確認体制を整備して、すべての農産物が安全であるという証明作りに着手した。
また、確認を産地自らが行うだけにとどめず、消費者・実需者の方々にも確認していただけるようにするため、単にトレーサビリティを行う環境だけでなく、産地の状況を公開するための農産物作りの基準、使用している資材、作業などの情報を蓄積・公開するシステムを平成15年から検討した。単にトレーサビリティを行える環境作りだけではなく、産地の状況を公開する必要があることから、平成15年から全ての農産物で対応できる環境作りを検討した。
(3) 生産者・営農指導員への情報提供
また、せっかくシステムを導入しても、翌年からの営農に資するものでなければより高品質な農産物作りができる産地とはなり得ないことから、生産者や現場の営農指導員へ有益な情報を提供できることが必要である。
4.生産工程管理記帳運動の展開
JA秋田ふるさとでは、これらを実際に導入し、生産履歴の記帳と検証のために、本年から「生産工程管理記帳運動」を展開している。
取り組んだ作物・作型などは112種類、生産者延べ12,536名の理解を得てスタートさせた。
今回、生産工程管理記帳運動を行うために生産履歴についてのそれぞれの役割分担を明確にし、生産部会など、生産者に主体的に取り組んでいただいた。
生産工程管理記帳運動は、栽培基準を各作物別に定め、事前に実需者に確認をしてもらうことからスタートした。万が一、栽培基準に合致していない農産物の発生が確認された場合は、各作物別に生産部会員が自ら定め、JA秋田ふるさとが承認した栽培基準・運用基準に基づき対応することとした。
記帳日誌の配布と回収については、各集落ごとの支部長や、生産部会の役員に当たってもらい、初年度から100%近い回収率となった。このことが、生産工程管理記帳運動を成功に導いた、一番の理由と考えられる。
また、提出された記帳日誌は、地域別・作物別の各指導員により、第1次段階の内容確認を行った。その確認済みの日誌を安心販売課で再度チェックし、実際にシステムに入力し最終チェックを行った。そのチェック結果をもとに、作物別に定めた栽培基準や運用規定に合致した適合品のみを出荷することとした。
この運動を展開するために、新たに、「安全・安心な農産物作り推進協議会」を設立し、各行政団体と共に、運動を展開した(図-2)。
そこで決定されたことを基に、各生産部会で作物別に運用・点検し、農産物の販売へとつながる流れを作成した。また各段階での確認体制としては、栽培基準で定めた資材は安全かどうか、栽培基準どおりに栽培されているかどうかの現場における確認、提出された日誌の内容確認、栽培された農産物の安全確認のための残留農薬検査を実施した。
また、それらを再度確認するために、内部検査委員会を設立し、作物別の確認と、栽培から販売までの各段階について再度検証を行い、次年度の改善点を検討する体制を作った。これらの検討事項を生産部会へ伝え、確認し、いよいよ情報の公開へとなる。
5.JA秋田ふるさとが目指す「安全・安心システム」
JA秋田ふるさとが目指す「安全・安心システム」とは、ただ単に、トレーサビリティを実施するだけのシステムではなく、生産段階の情報を確認し、その情報を遡及できる体制作りによって、JA秋田ふるさと産農産物の信頼度を高めるためのシステムである。
加えて、検査・検証した内容を公開するためのシステム作りも合わせた一連の流れを総称した名称である(図-3)。
実際にこの安全・安心システムを構築するにあたってまず、(1)いかに効率よく生産履歴情報をデータベース化し公開できるシステムの検討、(2)次のステップのためのデータ構築の在り方の検討、(3)集められた情報が現場の営農指導や、集出荷業務担当者へ即座に伝えられるシステムのための検討、(4)トレーサビリティ対策と合わせて、どのような情報を消費者の方々が必要としているかの検討、という4つを検討した。
当初当該システムを各営農センターへ配置するスタンドアローンタイプのシステムも検討したが、広域性・作物数の多さを考慮し、なおかつ少人数で対応できるシステムで、確認作業などにおいては場所を選ばない方式で、同時に、既存のネットワークシステムを活用しながら対応できることを考慮した。
また、作り上げるシステムとしては、まず栽培履歴情報を基準と比較し判定した後、データベース化するために電子化を行う機能、また蓄積されたデータをもとに、栽培情報を集計する機能、そして、それらの情報を公開し、産地としてのアピールを行う機能や、これらをもとに、営農支援や、時期別の作業指導ガイド、作物別使用農薬のデータベース化なども構築する必要があった。
これらの設計思想に基づき、上記の機能を可能にするシステムとして、Web形式でシステムを組むことができるソフトウェアを採用した。(図―4、図―5)。
次に、手書きで集められた日誌を電子化するOCRシステムについては、112もの各作物別専用の日誌を作成したが、それらの個々に対応可能なシステムが必要であり、また、A3用紙を使用しており、さらに、本年度は各作物別に7万枚にも及ぶ日誌が発行されているので、それらを高速に処理する機器とシステムを導入した。
入力方式については、前述したOCRをメインとし、栽培履歴情報の判定や、データベースの構築を図るわけだが、インターネット経由で生産者が直接履歴を入力することが可能である。この点は、今後、どの程度要望があるかを調査し、その管理方法も検討する予定である。実現すれば、生産現場からリアルタイムに履歴情報の入力と確認が可能となる。
また、このシステムでは、履歴判定や集計などは自動的にシステムが行うため、履歴入力された部分についてはリアルタイムに、生産履歴の内容をチェックし、基準との比較による判定が行える。この基準判定機能は、前述の各生産段階のチェック項目と合致しており、その基準をもとに履歴判定している。また、その情報をもとに公開することになっているので、消費地においても、生産地と同じ情報を確認することができる。
この基準判定結果は、履歴の確認を行っているシステム管理者のみならず、インターネット経由で現場の営農指導員や、集荷所担当者などでも即座に確認できる。
この機能により、万一、基準を満たさない農産物が発生した場合でも、出荷前に、抜き取り分別することができ、設定によっては、農家へ農薬使用回数が限界まで達したことなどを警報として伝えることも可能である。
6.システムの特徴
このシステムは、栽培履歴や、栽培情報を、常にリアルタイムでホームページ上に自動作成しているので、栽培期間中であっても、履歴データの読込みにより、自動的に日々更新していくことができる。
その情報は、産地アピール機能としてホームページや、店頭で紹介していくことができる。この店頭開示システムは、ホームページと同様に閲覧可能である。
現在は、流通業者側の情報伝達媒体が統一されていないことから、今後、各量販店と協議しながら対応していくこととなっている。こうした協議を行っていく中から、新しい販路が開拓される可能性も考えられる。
また、今後、このトレーサビリティシステム導入に合わせて生産農家向けの情報コーナーも充実させていく予定である。
JA秋田ふるさとのトレーサビリティシステムは、さまざまな機能を持っているが、すべて栽培履歴をもとに管理されている。
また、栽培履歴情報をもとに、生産者に対して栽培情報の提供を行うためのデータベース機能を兼ね備えていることから、これらの情報を利用して、今後、営農情報や、次期生産のための情報整理を行い、さまざまな分析を加えて、次年度へのデータ活用が検討されている。
他のJAや産地の方から、生産工程記帳運動やトレーサビリティ対策についての意見として、コストや、生産者の理解が得られないという意見をよく耳にする。今まで説明した通り、JA秋田ふるさとでは、初めに生産者に十分に理解していただき、またJA秋田ふるさとも必ず成功するという強い意志のもと、営農部全体で取り組んできた。
トレーサビリティへの対応は、「誰のために」、「何のために」行うのかを、はっきりさせて行うことが大切である。JA秋田ふるさとでは、ただ単に、消費者への安心の提供という面だけではなく、JAとして農産物を自信をもって販売していくための情報収集、さらには、生産者へ次年度の改善策や、ステップアップを図ってもらうために役立てるという観点から、‘ソフト’を選択し、さまざまなカスタマイズを行っている。その上で、消費者にJA秋田ふるさとが供給する農産物のサポーターになってもらえればと考え、機器の導入も含めて、システム化を図ったわけである。
このことによって、産地としてさらなる飛躍と前進を図ろうと考えている。こうした構想を持ってのぞむことによってはじめて、コストに見合ったシステム整備を行うメリットが生まれてくると考える。さらに、JAとして、生産者のためのシステムでもあるという位置付けから、その効果も図ることができると考えている。
7.導入の効果
JA秋田ふるさとが本システムを導入したことによる効果については以下のとおりである。(1)生産農家が農薬および生産資材に関する使用方法などへの関心がさらに高まった。(2)記帳された日誌から、より高品質な生産を行う場合の生産者個々の生産技術の問題点が明確となった。(3)農産物の販売において今まで以上に自信を持って販売できる。(4)JA秋田ふるさとにとっては、すべての農産物に対する消費地、特にスーパーのバイヤー・市場仲卸からの信頼の拡大に結びつき、また、一部には、新規販売開拓に結びついた。(5)集まった情報を解析することにより、JAとしての次の改革に向けた問題点が見えてきた。
8.おわりに
JA秋田ふるさとが取り組んでいるトレーサビリティシステムを紹介したが、わが国ではほんの点にすぎず、これが線になり、面となることを期待したい。
JA秋田ふるさとではGAP(適正農業規範)の導入ついても積極的に取り組む方針であった。
トレーサビリティは、フードチェーンのすべての段階に導入されて初めて充分に機能するが、GAPはそのうち生産段階における安全性確保に係わる情報をカバーしている。トレーサビリティの導入の基本条件は、誰から買って誰に売ったかの記録保管のみであると云われている。従って、トレーサビリティ導入に当たっては、農産物の安全に関して追跡し、遡及出来る的確な情報として何を設定するかが最も重要となる。