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野菜の衛生管理について

社団法人 日本施設園芸協会


1.野菜生産における衛生管理の必要性

 牛海綿状脳症(BSE)の発生、食肉偽装表示、未登録農薬使用等、食の安全・安心を求める消費者の関心は最近になく高まっている。

 また、生鮮野菜に関しては、平成8(1996)年夏に発生した腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒事件において、原因食材としてカイワレダイコンが疑われその需要が激減した。そのため、(社)日本施設園芸協会は、農林水産省の助成を受けて同年12月に「かいわれ大根生産衛生管理マニュアル」を作成した。さらに、平成11(1999)年3月に「水耕栽培の衛生管埋ガイド」を策定し、平成15年(2003)年には範囲を生鮮野菜の生産全般に広げた「生鮮野菜衛生管理ガイド-生産から消費まで-」、「同簡易版」を作成した。本ガイドは、共通偏、生産編、流通編及び消費編から構成されている。この内容は農林水産省及び当協会のホームページにも掲載されている。現在これに基づいた実証・普及活動が進められており、より具体的な実施の段階に進んできている。生鮮野菜の衛生的な栽培管理は、今や国際的な関心事でもある。米国では、「Guide to Minimize Microbial Food Safety Hazards for Fresh Fruits and Vegetables:生鮮果実及び野菜の微生物による食品安全危害を低滅するためのガイド」が1998年10月に公表された。また、コーデックス委員会(FAO、WHO合同食品規格委員会)の食品衛生部会においても、「青果物に関する衛生規範」の作成が数年にわたって進められ、2003年7月にイタリア・ローマで開催された第26回コーデックス総会において正式にその最終的な内容が採択・公表された。更に、EUでは農産物の安全性と環境保全型農業を目指し、2000年に農産物流通業界が開発した認証制度EUREPGAP(ユーレップギャップ)が発足した。農業生産者と小売企業で構成され、生産者が栽培記録を正確に記録し、それを第三者の認証組織が客観的に基準に従って認証するシステムを採用しており、国際基準とみなされるに至った。そのため本認証制度を取得しなければ農産物のEU市場への参入は難しくなりつつある。EUREPGAPでは、病原対策に重点がおかれ全体の70%にページを割いていると云われている。また、オーストラリア農林水産省が2000年にHACCPに基づいた「Guidelines On-Farm Food Safety for Fresh Produce:農場における青果物の食品安全性に関するガイドライン」を公表した。

 今後、野菜が国際流通される場合には、衛生管理が前提となるものと思われる。

 また、生産から消費者までの食品の履歴を明らかにし、問題が起きた場合には迅速に遡及追跡できるようにするトレーサビリティシステムの導入の取組も開始された。

 政府は、2003年7月1日に、内閣府に「食品安全委員会」を設置し、農林水産省・厚生労働省の上部組織として、各種の調査・諮問・調整を行う組織を作り上げた。また、農水省も「消費安全局」を新設し、各農政局・地方農政事務所にも「消費安全部」を設置し、総勢4,500名に及ぶ職員を食の安心・安全の実現に向けて配置した。トレーサビリティには危害の管理は含まれていないので、最終的には衛生管理(GAP)も含めた総合的で実効価値のあるトレーサビリティシステムの構築が不可欠となろう。

 本稿では、有害微生物の危害防止を中心に、野菜の衛生管理(GAP)について述べる。

 GAP(Good Agricultural Practices)とは、農産物の生産段階(栽培、収穫、洗浄、選果、出荷、包装、輸送)における病害微生物(腸管出血性大腸菌、サルモネラ等)や汚染物質(カビ毒、天然毒、重金属、硝酸性窒素等)、異物混入等による食品安全性危害を最小限に抑えることを目的に、これらの危害要因と対策のための適切な管理規範を示す手引きであり、それを実践する取り組みのことである。

2.野菜類の細菌付着実態

 市販されている野菜について、女子栄養大学上田成子等(1998)の付着細菌数を調査した結果を表1に示した。一般細菌数や大腸菌群が10,000~100,000(104~105)個と非常に多いが、これは自然界では一般的に見られる付着数で、あまり心配はない。問題は糞便系大腸菌群の検出である。

 これは病原大腸菌だけでなく、サルモネラ菌等の汚染の可能性も示唆している。これらの野菜は市販されたものであり、生産あるいは流通のいずれの過程において何らかの不衛生な取り扱いにより汚染されたものと考えられる。なお、細菌付着は養液栽培葉菜類、土耕葉菜類ともにほぼ同数の一般細菌や大腸菌群が付着しており、また、糞便系大腸菌群もほぼ同じ程度検出されている。養液栽培は、土を使わず、温室という比較的隔離された衛生的な環境で栽培が行われるが、出入り口や天窓・側窓の開閉を頻繁に行うので、衛生管理から見れば、本質的には露地の土耕栽培との違いもあまりないとも言えよう。

3.堆肥の病原微生物の汚染

 堆肥、特に牛糞堆肥については、腸管出血性大腸菌O157の汚染の可能性があるので、不十分な発酵や野積みなど不適切な取り扱いによっても、病原性微生物が生存・増殖する可能性があり、土耕栽培においては使用にあっては十分な注意が必要である。また、有機栽培では、いわゆる「ぼかし」が用いられることがあるが、ぼかしは一般には低温発酵で作られるので、牛糞等糞便由来の原材料を用いた場合はその使用を避けるべきである。

4.野菜の衛生管理の基本的考え方とその進め方

 コーデックス委員会の「食品衛生の一般的原則(1997)」によれば、まず衛生的な種子、次いで衛生的な環境および栽培、収穫、出荷時の野菜の取り扱いを挙げ、HACCPを導入した手順によって危害の増殖防止や排除を行うこととなる。HACCPは「Hazard Analysis and Critical Control Point:危害分析重要管理点」は、食品製造工場などの衛生管理上の注意点を分析するものであり、外界と隔絶することを原則としているので、農産物を生産する現場にそのまま導入するには無理がある。このため、農産物についての衛生的生産手順は、GAP(ジーエーピー)「Good Agricultural Practices:適正農業規範」と呼ばれ、農産物の生産において、病原微生物はもとより、汚染物質(自然毒、硝酸態窒素や重金属)、異物混入(表2)等の食品安全危害を最小限に抑えるもので、生産物の流れの各段階をポイントとして分析し、各ポイントの危害を最小限にするための手順を示している。

 農産物の病原微生物汚染の大部分は、作業者または動物の糞便がその源となっている(表3)。これらの要因を十分に理解し、厳しく管理することによって、衛生危害を最小限に抑えることができる。100%安全性を確保することは不可能であり、可能性のある危害を分析し、それを最小限にする努力をして、記録を残すことがGAPの基本的な考え方である。GAPの進め方は、出来るところからはじめ、徐々にレベルアップを図ることが重要であり、HACCPの取組の手順に準拠したGAPの取組を表4に示した。

 図1は農場から消費者に至るまでの衛生管理のチェーンを示している。この図では、農場では、GAPに基づき衛生管理をおこない、流通・消費段階になると、加工工場などではGMP(Good Manufacturing Practices:適正製造規範)、市場・小売店などの流通や消費者などではGHP(Good Hygienic Practices:適正衛生規範)など、別の規範を適用することになっている。いずれにしても、農作物はこのチェーンのどこかで不適切な扱いをすれば、危害が消費者に及ぶおそれがあるということを示しており、消費者も含め全員がその責任を負っているという意味がある。

図1.農場から消費者までの衛生管理のチェーン(生鮮野菜衛生管理ガイドより)

5.野菜衛生管理の実践

1)立地条件

 生産圃場は、温室などの施設も含め、ほぼ開放状態である上に、地下水を原水として利用する場合も多いことから、周辺環境がもたらす微生物危害の可能性は大きい。家畜類の飼育施設や産業廃棄物処理施設などは有害微生物の発生源となる恐れがあるため、こうした施設の周辺に圃場があると、危害の可能性は大きくなる。また、野生動物の糞や生ゴミ等が周辺に散乱している場合、それらが小動物・昆虫の発生や誘引源となるため、定期的に周辺環境の整備を行う必要がある。さらに、ペットにも注意が必要である。保安のために犬を飼っている生産者も見受けられるが、温室等の施設内には絶対入れないように注意すべきである。

2)施設・設備

 施設・設備については、作業手順書や保守管理プログラムを作成し、定期的に記帳することによって、微生物危害を管理する必要がある。作業手順には対象とする施設・設備・機具リスト、作業責任者、洗浄方法及び頻度などを記載し、実施記録を付けて少なくとも1年間保管する。また、保守管理プログラムを作成し、月1回を目安に定期的に施設を点検し、汚損や破損を防止する。以下に具体的な注意点を述べる。

(1) 栽培施設:

 施設内の通路はマットやモルタル等でカバーし地面と分離する。外部からの微生物の持ち込みを避けるため、極力専用の履物に履き替えるか殺菌槽を設ける。窓や出入口などの開放は最小限にし、小動物や昆虫の侵入を防ぐ。と言っても夏場の窓の開放は避けられないので、ネットを張って防ぐようにする。液体石鹸を備えた手洗い設備を設ける。施設内及び周辺は定期的に清掃する。廃棄物は蓋付きの専用容器に保管する。

(2) 出荷調整施設:

 収穫・調製は作業者が最も生産物に触れる機会となるので慎重に対処する必要がある。最終製品である野菜と直接触れる設備・機具類、水、作業者は衛生的でなければならない。また、床面、排水溝からの汚染、小動物・昆虫の侵入、土壌の持ち込み等に対する防止措置が必要である。また、微生物の増殖を抑制するために、施設は窓などの開放は避け、空調を設備することが望ましい。

(3) 衛生施設:

 不衛生なトイレ施設、手洗い施設、下水処理施設等は、作業者を介して野菜に微生物危害を与える可能性が非常に高い。水洗トイレとすることはもちろん、手洗いの後は備え付けタオルなどは使わず、紙タオルか温風乾燥機を使うようにする。野菜くず等の廃棄物は放置すると小動物・昆虫類の発生又は誘引源となるため、蓋をしっかりつける。排水溝は定期的に清掃し、小動物・昆虫の発生や誘引源となることを避ける。 

3)使用水

 野菜に付着した有害微生物はきれいな水で洗い流すことができるが、逆に水が有害微生物に汚染されている場合は、野菜の直接的な汚染原因ともなる。栽培で使用される水は、(1)栽培水(灌漑水を含む)、(2)設備・機具類の洗浄水や作業者の手洗い水、(3)収穫した野菜の洗浄・冷却水の3種類に大別できる。この中で(2)及び(3)は微生物学的には飲用適のレベルのもの(1ccの水の中に、一般細菌100個以下、大腸菌群は0)であることが望ましい。水道水は、この条件を満たしているので、一般に安全で衛生的といえる。給水・配管設備の不備(ひび割れ、水漏れなど)を点検する。井戸水や河川水を栽培水として使用する場合は事前に調査し必要があれば殺菌する。貯水槽を設置した場合は、微生物汚染の防止策を講じる。適正な水質を確保するために、半年に1回以上の水質検査を行う。

4)小動物・昆虫の管理

 圃場や栽培施設において、ネズミや野鳥等の小動物・昆虫管理をすることは困難である。しかし、これらの小動物・昆虫は病原微生物を保菌し、野菜やその生産設備・器具類、ひいては作業者をも汚染する可能性がある。従って、その棲息状況を把握し対策を講じることは、微生物危害の低減に有効である。温室などは出入り口、天窓・側窓などは、網戸をつける必要がある。施設周辺の廃棄物や生ゴミなどは定期的に点検・清掃し、小動物・昆虫の生息場所をなくす。また、壁、ドア、床などの穴や通気口等をふさぎ、小動物・昆虫の施設への侵入を防止する。

5)作業者

 野菜生産に携わる作業者の衛生管理には十分な配慮をすべきである。糞便及びその汚染物質と野菜が接触する可能性を最小限にするため、伝染病、下痢を伴う疾病、傷を有する作業者による野菜の直接的な取り扱いは避ける。また、経営者は作業者に対して、不衛生な行為による汚染の危険性や適正な衛生管理手法について教育・訓練する必要がある。特に、徹底した手洗いは、作業者を介した野菜汚染を防止するのに非常に有効である。

6)栽培工程の作成

 図2には、トマトの施設土耕栽培における一般的な栽培工程図の例を示した。栽培工程図とは、栽培に使用する原材料・資材および栽培工程のすべての工程を列挙し、その工程のつながりを矢印で結び、その工程に対応する栽培条件の概要を記述した図である。衛生管理計画一覧表(いわゆるチェックリストなど)はこれに基づいて作成され、作業の適正化を図ることが重要である。

図2.トマト施設土耕栽培の栽培工程図(例)

6.文書管理

 生産・衛生に関する記録と文書保管管理を行うことは、生産者の責務である。生産された野菜に異常が発生した場合、その生産履歴を追跡調査することにより、損害を最小限に防ぐと同時に、生産段階以外での取り扱い不良による異常も証明できる。記録された文書は1年間保管する。文書化・記録化は衛生管理システムが機能していると評価される裏付けとなる。施設の責任者は、マニュアル、チェックシート、衛生作業シート、その他帳票類などの記録類を保管管理する必要がある(表5)。

7.GAPとトレーサビリティとの関係

 トレーサビリティの定義は、「生産、処理・加工、流通・販売等のフードチェーンの段階で食品とともに食品に関する情報を追跡し、遡及できること」とされている。また、川下方向へ追いかけることを「追跡(トラッキング又はトレースフォワード)」、川上方向にさかのぼることを「遡及(トレーシング又はトレースバック)」と呼んでいる。具体的には、トレーサビリティシステムは、生産、処理・加工、流通・販売等の段階で、食品の仕入先、販売先などの記録を取り、保管し、識別番号等を用いて食品との結び付きを確保することによって、食品とその流通した経路及び所在等を記録した情報の追跡と遡及を可能とする仕組みである。

 トレーサビリティは、何か異常が起きた時に川下から川上に向かって情報をたどり、遡及できる能力を示すが、通常の状態では川上から川下に向かって消費者に情報を提供する手段ともなる。すなわち生産者の顔と消費者の顔がお互いに会わせる関係を構築でき、いわゆるブランド化が図れるというメリットを兼ね備えている。しかし、トレーサビリティには農薬使用や衛生管理など、安全性の確保そのものは含んでおらず、生産物の流れに沿って確実に記録を残していくというだけの手段である。しかし、消費者が最終的に求めている生産情報の最も関心が高いのが安心・安全に関する情報である。また生産者も農薬使用記帳、衛生管理記帳、生産履歴記帳などが別々な方向から要求されることに戸惑っているものと思われる。現場に近い普及センターやJAなどもしかりであろう。

 従って以上の運動はいずれ統合的に扱われることが望ましく、生産履歴、使用農薬、衛生管理、特別栽培法などの記録などを一括して残し(これを○○農場のGAPと規定し)、トレーサビリティシステムに○○農場GAPという宣言を乗せることによって、消費者には大きな安心を届けることができるのである。今は別々に実証試験などが行われているGAPとトレーサビリティシステムはなるべく近いうちにドッキングして、現場に普及させるべきであると考える。

8.おわりに

 ここでは衛生管理を中心に述べたが、これまでのような危害を出荷段階でチェックするファイナルチェック方式では問題が発生した時にその原因が特定出来ない。問題を隠蔽しようとした食品企業は社会的責任(CSR)を問われ倒産を余儀なくされた。また、BSEが日本で発生した折りには、対応が遅れた国が強い批判を浴びた。

 今後は、生産から消費までの各段階で、危害をポイント毎に最小限にしたという証拠が必要となるのである。もとよりどのポイントにも100%の安全性はないが、(1)原因の特定がある程度可能となる、(2)各プロセスでの危害を最小限にしたという記録が残るので、ここまでやっているという自信が得られる。これを示すことによって、流通業者・消費者に理解してもらうことができるのである。

 さらに、以上を実行することにより得られるメリットもある。すなわち、(1)結果的に品質が向上する(鮮度、取り扱いなどの向上)、(2)異物混入などの不注意がなくなる、(3)記帳により、ノートを繰り返し読むようになり、自身の安心、経営の改善、衛生管理の向上、農薬などの情報の把握などが得られる。

 「食品の安全はすべての人の責任」である。つまり、消費者に安心・安全を届けることは、すべての関係者の責任である。今後は、生産、流通、消費それぞれの段階で、この運動を具体化し、野菜による食中毒を未然に防止したいものである。



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