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おいしいご飯においしい漬物

宇都宮大学 農学部  教授 宇田 靖



 この20年間、国民一人当たりの野菜の年間消費量は下降カーブを描き続けており、平成14年度には97kgを下回っている。10年ほど前からはアメリカ国民の方が日本国民の年間消費量を上回り、その差が次第に開いている。野菜の摂取が、がんや心臓病など生活習慣病の予防に有効であるという疫学的証拠データや動物実験での検証が蓄積されてきており、専門家の間では野菜など植物性食材の摂取頻度と摂取量の増加が推奨されるべき事柄となっている。65歳以上の人口割合が総人口の20%に到達した我が国ではこうした優良食材である野菜類の消費減はまことに憂慮されるべきで、野菜をおいしく食べることの推進がいっそう大事になっている。

 ところで、野菜をおいしく食べる手段の一つは疑いなく漬物であろう。我が国における野菜漬物の歴史は8世紀にさかのぼり、930年に刊行された「延喜式」には当時までの野菜漬物の詳細な製造方法がいくつか記載されている。1970年代以降になって、漬物工業は我が国の近代的な産業の一つとして確立し、多種多様な製品が製造販売されるようになった。しかし、それ以前もその後も、漬物に加工される野菜は、季節あるいは日本列島の地域により実に多種多様であり、漬物は地域の食文化を支える重要な食品としての地位を持ち続けてきた。そこでは、各家庭で作られた各種の野菜漬物が地域の年次行事、あるいは地域の人々のコミュニケーションに欠かすことのできない食材でもあった。そうである以上、おいしい漬物であることが重要であり、人々はおそらく、いかにして野菜をおいしく漬物に加工するか、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、季節的、地域的に特徴のある野菜漬物を生み出してきたと考えられる。この背景があっての漬物工業製品ということであろう。

 日本の野菜漬物のおいしさは、まず、緋色、紅色、深紅など色彩鮮やかな全国各地の蕪菜類の漬物に見られるように食欲をそそる色合いを重視する漬け方の工夫であり、糠あり、麸あり、酒粕あり、単純な塩や醤油あるいは食酢との組み合わせといったわき役が多様である。加えて、酵母菌や乳酸菌も上手に利用して風味よく仕上げる技が作られてきた。そうして、独特の味、香り、歯ごたえも備えたおいしい漬物としてでき上がっている。

 漬物がおいしいのは温かいご飯と一緒に食べるときである。実は漬物とご飯はほかの塩を使った食べ物と同様に非常に相性が良いのである。塩の摂取量は蛋白質を豊富に含む動物性食材の摂取量増大とともに減少するとも言われるが、塩とご飯の相性のよさゆえに、ご飯の消費が減ると漬物や味噌やほとんどの食品の塩の量が減るのである。種々ストレスが多く、忙しい生活の中では、ゆったりとした団らんの中で温かいおいしいご飯をおいしい漬物などといっしょに食べるゆとりがほしいと多くの人たちが願っている。日本の伝統的な食を基本に各地の食と食材を大切にしながら、これからも日本の食卓においしい素材の温かいご飯とよくマッチする漬物のような食品が残り続けることを願う一人である。



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