[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

視点



ブランド野菜のススメ

鳥取環境大学 環境情報学部 環境政策学科 教授 金子 弘道



  この春、東京・青山に全国の伝統野菜がそろったレストラン「ワーヤキン」がオープンした。「熊本県産赤茄子の焼き茄子」「伝統野菜のポトフ」など各地の伝統野菜を使ったメニューが並ぶ。プロデューサーは料理研究家の河合真理さん。基本は洋風料理だが、「加賀蓮根と海老真丈」といった和風メニューもある。大規模流通の中で消えつつある伝統野菜が、スローフードブームの中で息を吹き返した格好だ。

 伝統野菜の先駆けは京野菜。京都府や市が1970年代後半から減反政策の一環として伝統的な野菜の産地育成に乗り出した。87~88年には京野菜の定義とブランド化の基本方針を決定、江戸時代から栽培されてきた野菜を中心に41品種を認定した。その後、加賀野菜、なると金時、博多万能ネギなどのブランド野菜が各地に誕生、農産物は新興産地を含めブランド化時代を迎えている。

 ブランドとは「生活者の『識別のための印』であり、売り手にとっては他との差別化を醸成するもの」。マーケティングの世界でいま、最も重視されているのが、このブランドだ。背景には同じような機能の商品があふれ、消費者の合理的な商品選択が難しくなったことがある。消費は「失敗しても後悔しないほど安い商品」か「高価だが失敗しない保証があるブランド品」の二極化が進んだ。当然、企業は利益率が高いブランド品を目標にするようになった。

 農産物のブランド化が検討され始めたのはバブル期から90年代初頭。当時は主に農産物のイメージアップで消費者の信頼を得る狙いだったが、現在は食の安全・安心、トレーサビリティ、知的財産保護などを通じた地域活性化戦略のひとつとして関心が高まった。認証制度の導入など行政の支援も強化された。北海道の道産ブランド認証制度、フランスのAOC(統制原産地呼称制度)をお手本にした山梨県勝沼町や山形県の原産地認証制度はその先駆的な事例だ。

 問題はせっかく作り上げたブランドの価値をどう維持するかだろう。加工品に比べ野菜など生鮮農産物は品種や栽培方法が模倣されやすい。ブランドが定着しないうちに、類似の農産物が出回ればブランド価値は低下する。生産者には種苗管理、厳格な検査による品質管理、販売チャンネルの管理、消費者のクレーム処理といったブランド管理が欠かせなくなった。

 たとえば、加賀野菜ではセリやサツマイモなどのメルクロン苗(ウイルスフリー苗)を培養して品質を管理する一方、良質品に「加賀野菜」の認定シールを貼って販売を管理する。和歌山県田辺市の紀州南高梅のように梅加工メーカーや流通業者が産地に集まり生産者と連携すれば、地域ブランド価値は高まり経済効果は大きくなる。

 ソフト・サービス化社会は他との差異が利益を生む社会。多くの商品がブランド力で選ばれているいま、ブランドは差別化の有力な手段である。野菜も「いわく、因縁故事、来歴」をフル活用したブランドづくりが大切になっている。



元のページへ戻る


このページのトップへ