[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

視点



農作物の「安全性」を消費時の「安心」に近づけるために ―情報の非対称性をどう解消するのか―

一橋大学名誉教授   諏訪東京理科大学教授 片岡寛



  今、食の市場は大きな転換点にあるように思われる。人類は長い間、生きるために食糧を手に入れ、飢えを癒し、活動のエネルギーとしてきた。人類の歴史は、食の確保の歴史と言っても過言ではない。これまで、人間は食の確保に多くの知恵を絞り、より多く、より高度な食の実現のために、努力を積み重ねてきた結果が、今日の食の状況だといえる。

 今、われわれは、食の原材料である農・畜・水産物を自らが生産することはなく、それぞれの産業が市場に提供する「商品」の形で購入することにまったく違和感を持たなくなっている。
 さらに、近年の加工食品は限りなく高加工度化され、家庭での食事の用意が簡便化されてきた。しかも、地方では、外食はますます日常化し、その上、そのまますぐ食べられる料理や弁当などの食事そのものの市場化が、中食市場として急速に拡大してきている。

 これらの変化は、急速に家庭内での食(内食)のあり方を大きく変質させる動きとなっている。第一に、自ら食材から調理する機会が減り、他人が(特に企業が)生産した食をそのまま、あるいはほんの少し手を加えるだけで、食べることが可能となった。第二に、外食や中食においては、食材として原材料の選択や質の確認をほとんど自らは行えず、調理や味付けも他人任せであることなどから、食の質的内容を認識せずに食する状況が進んできた。第三に、いつどんな時間でもすぐ食べられる食が手軽に得られることが、一家そろっての団らんとしての食事の場を減少させ、それぞれが個別に食事をとることが日常的になってきた。

 これらの傾向は、食の生産と消費が大きく分離していくことを意味しており、消費者にますます食の内容に対する知識や理解を不足させることに繋がっていく。テレビでの健康番組の放送が、その食品の売れ行きを大きく変えたり、健康志向の食品が高い市場性を示したりする例が、多くなってきている。その反面、消費者は安全性に疑義があると感じる食に対しては、強い拒否反応を示す。

 以上の例からも分かるように、現在の食の大きな問題は、食材であれ、食そのものであれ、食を提供する側と受容する側との間の情報の非対称性から来る「認識と納得のメカニズム」が、大きく食い違うことから起こっている。食の世界で特にトレーサビリティーが、大きな課題になっていることは、農産物の販売の現場で、生産農家の情報が写真を添えて示されていることなど情報の共有が、消費者の認識と納得を高める好事例であることからも、その重要性が理解できよう。

 要は、いくら企業努力で「安全」を確実なものにしても、それが消費者の心に「安心」の情報として伝わることが重要である。確実な「安心」を納得できる「安心」に変えるために、新たな情報の共有の仕組みを作り上げていく一層の努力が求められねばならない。。



元のページへ戻る


このページのトップへ