[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

視点



野菜と食文化

東京農業大学 応用生物科学部 栄養科学科 教授 徳江 千代子



 食文化とは、食生活を支え、エンジョイし、地域の人々の技術や生活のパターンであると考える。

 日本人の食文化は米と魚と野菜が基本になっている。野菜と魚はともに「ナ」と呼ばれ、穀類を補う重要な栄養源で、また食生活を豊かにする副産物でもあった。もともと我が国では、飯や酒とともに食べる食品を「ナ」といい、菜と魚は同義語であった。野菜は古くから生きるための必需品で、日本人の生活と結びついた身近なものであった。そこで各種の料理法や貯蔵法が工夫され各地に多くの「伝統食品」が生まれた。

 野菜は文字や言葉の世界でも取り上げられ「万葉集」にはウリ、イモ、ヒルなど多くの野菜名がみられ、「源氏物語」にも野菜名がみられる。また野菜は祭りや行事食にもよく用いられており、青森県弘前市の「ニンニク祭り」、東京日本橋の「べったら市」や七草、お節料理、中秋の明月などの年中行事に多く使われてきた。

 このように長い歴史の中で地域の風土に根付き、地域の食文化の中で「伝統野菜」が生まれた。その伝統野菜は、米、魚と共に「日本型食生活」の食事構成に大きなウエイトを占めている。「日本型食生活」は何世紀にもわたって磨きあげられた理想的な食事で、日本人の健康を維持し、長寿国日本を築き、世界が注目するようになった。

 近年、野菜にはガン予防や抗酸化機能などの機能性を持つさまざまな成分が含まれること、また野菜の摂取と健康状態に関する疫学調査から、野菜の摂取量が多いほど生活習慣病の罹患率が低下することなどが多く報告されている。しかし、食生活の多様化、欧米化の進行から、肉食、魚介類の順調な消費の伸びに対し、野菜消費量、野菜の国内生産量が減少の一途を辿っている。同時に洋風の食生活に変化してくると煮物や漬物といった昔ながらの「おふくろの味」が家庭で伝えられなくなり、伝統野菜も社会の変化を背景に衰退の一途を辿っている。特に、若年齢層を中心とした世代の野菜消費量の著しい減少と生活習慣病の若年齢化との相関に注目があつまっている。

 各地の八百屋さんが衰退し、大型の量販店が全国に増えると、扱われる野菜が変化した。全国の野菜が統一規格で分類され、スーパーにはどれも同じ形のものが並ぶようになった。野菜がその地域の範囲内で流通していた小規模流通からトラックなどで遠距離輸送され、全国的に出回る大規模流通に変化してきたことが大きい。外国からの輸入や栽培技術の開発により、1年中入手できるものが多くなり、野菜の「旬」という感覚が薄れてきた。やはり季節感や地方性、食文化を感じさせるものでありたい。

 近年JA、直売所や道の駅などで地域の食品や野菜などが売られるようになってきた。昔の味が懐かしく時々買ってくる。「地産地消」や「スローフード」など地域の食文化を見直す機運が盛り上がっている昨今、「地域の伝統野菜を見直そう」という復活の兆しが見えてきた。伝統野菜には多くの未知の機能性が含まれている可能性が高い。

 今後、より具体的な伝統野菜の機能性成分、疾病予防や健康維持への寄与を明らかにすれば、伝統野菜の消費拡大と「日本型食生活」の復活につながると考えられる。

 今では少数派も無視出来ない時代になってきた。少数派を大切にする考え方は、これからの食生活にとって極めて重要なことではないかと思われる。



元のページへ戻る


このページのトップへ