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はね返せ、 高コストコンプレックス

時事通信社                         
解説委員 野村 一正



 数年前、農政ジャーナリストの会の取材団に参加して、韓国の農村を訪ねた。その際の韓国北部水田地帯の農業関係者とのやりとり。

 「コメの自由化など新たな事態にどのように取り組んでいるのか」。「われわれは“完全米”を供給できるようになった」。

 「完全米?」。新品種、それも味、栄養ともに完璧なコメが開発された?

 「特ダネ!」。取材団は色めき立った。

「品種名は」。「従来種との違いは」。「栽培方法は」。「収穫量は」。「いつから生産しているのか」。質問が飛ぶ。だが、質疑応答はさっぱりかみ合わない。

 かみ合うはずが無い。通訳をはさんでより一層長引いたやりとりの結果判明した完全米の正体は、新品種などではなく、日本なら当たり前のコメ、「破砕米や砂利など異物の混じらないコメ」だった。

 「韓国で高品質のコメ開発」は、幻の特ダネに終わった。韓国農業者の地道な努力を評価する一方で、取材団の落胆の色は隠せなかった。同時に、時には行き過ぎとさえいわれる日本の農産物の、品質の高さを再認識することにもなった。

 日本の農産物を海外市場に売り込もうという動きは、この品質の高さを武器にしている。しかも、輸出を検討する動きはかなり以前からあったが、今回は生産者も団体も行政も関係機関も、かなり本気なのである。

 本気になった理由は3つある。まず第1は、限られた品目ではあるが、徐々に輸出実績を上げつつあること、第2は近接し、膨大な人口を抱えるアジア地域が、近年の著しい経済成長によって、高品質農産物の有望な市場となっていること、そして第3は、同じくアジア地域の在留邦人が増え、日本農産物輸出の当初の受け皿として期待されていることだ。

 これまでは、海外産農産物にコンプレックスを抱いてきた。コスト高というコンプレックスである。しかしその反面、おそらく世界一と言っていい品質の高さは、あまり語られなかったし、生かしてみようという試みは大きな流れにはならなかった。“完全米”はわが農業では何十年も前に実現しているのに、である。品質には自信を持っていいし、これからは安全性でも世界に誇れるものとなるだろう。これを生かさない手は無い。

 高い人件費を嫌い、製造業では中国や東南アジアに生産拠点を移す動きが相次いだ。その一方で、国内に拠点を戻そうという動きもある。高付加価値製品は、国内で生産すべきだとの考えからだ。農産物も例外ではない。

 農産物の輸出は、コスト意識の改革にもつながる。輸入に押される農業生産のこれまでのコスト意識は、どちらかというと受身。輸出となれば積極的にコストのあり方を考えざるを得ない。前向きのコスト意識は、農業界の経営意識そのものを変えることにもなろう。「高コストコンプレックス」の克服だ。“完全野菜”“完全果物”がそろう日本の農産物を、世界市場に売り込む意味は大きい。



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